「遠近法」の意味と種類とは?遠近法によるルネサンス絵画も紹介

絵画の技法に「遠近法」があります。遠近法による透視図法はルネサンス時代に発明され、ルネサンス芸術を支える思想ともなりました。

この記事では、遠近法とはどのようなものかについて解説し、あわせて遠近法を用いたルネサンスの絵画を紹介します。

「遠近法」の意味と種類とは?

「遠近法」の意味とは”遠近の距離を画面に描き出す技法”

「遠近法」の意味とは、3次元の空間における遠近の距離を、絵画や図面などの2次元の平面に写す技法のことです。平面の絵に奥行きがあるような錯覚を生じさせる技法です。

遠近法の種類1:消失点を設定して描く「透視図法(線遠近法)」

線画によって表現する遠近法を「透視図法(線遠近法)」と言います。遠近法と言うときは透視図法のことを指すことが一般的です。

透視図法とは、地平線上に「消失点」を設定し、その点に集まる放射線上に物体の輪郭を置き、消失点で消えるように描く技法です。

消失点で消える見方を体系化し、透視図法を発明したのは、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラの設計で有名な、ルネサンスの建築家フィリッポ・ブルネレスキ(1377年~1446年)です。

15世紀のはじめに、大聖堂に隣接するサン・ジョヴァンニ洗礼堂の眺めを、ブルネレスキが透視図法を用いて描いた絵が、初めての透視図と言われています。作品は残っていませんが、伝記作家のマネッティによって伝えられています。

 「一点透視図法」から「五点透視図法」まで複数の消失点の技法がある

ブルネレスキが用いた透視図法は「一点透視図法(一点消失図法)」といい、消失点は一つでしたが、消失点を複数設ける透視図法も、後代の研究によって生まれてゆきました。

「二点透視図法(二点消失図法)」では、角(かど)の方向から見た物体を描くことができ、「三点透視図法(三点消失図法)」では、垂直方向に立ち上がる物体を描くことができます。

魚眼的な表現をするためには4つまたは5つの消失点を使うことができます。

遠近法の種類2:色調やぼかしによって描く「空気遠近法」

空気遠近法とは、空気のかすみを色調によって表現し、距離や奥行きを感じさせる技法です。晴れた日には遠くにあるものは青みがかって見え、曇りの日には遠くのものはぼやけて見えなくなります。

空気遠近法では、これらの大気の性質を利用して、遠景にあるものを青みの色調で描いたり、形態をぼやかして描いたりすることで奥行きを表現します。

空気遠近法は、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年~1519年)が熱心に研究し、作品に取り入れました。それまでの絵画でも大気の状態を工夫して描いていましたが、科学的に認識して技術として確立したのがレオナルドです。有名な『モナ・リザ』の背景も、空気遠近法で描かれています。

「遠近法」の英語表現とは?

「遠近法」は英語で”perspective”

「遠近法」は英語で”perspective(パースペクティブ)”と書きます。遠近法によって描かれた「透視図」は”Perspective drawing”です。

日本の建築用語では、遠近法や透視図のことを、パースペクティブを略して「パース」と呼ぶことが通例です。

「遠近法」を使ったルネサンス期の絵画を紹介

「遠近法を導入した初めての絵画」マサッチオ『聖三位一体』

『聖三位一体』 サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(フィレンツェ)
(出典:Wikimedia Commons)

ルネサンス初期の画家マサッチオ(1401年~1428年)は、ブルネレスキから透視図法の手ほどきを受け、一点透視図法を用いて『聖三位一体』(1427年頃)を描きました。イエスの足下の壇上の一点に消失点があります。

マサッチオは絵画に消失点の概念を初めて導入した画家です。マサッチオは透視図法の他にも、それまでになかった自然な人物の描写を行い、絵画技術を革新した画家です。

「一点透視図法」を使ったレオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』

『最後の晩餐』サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(ミラノ)
(出典:Wikimedia Commons User:Hello world)

レオナルド・ダ・ヴィンチは、マサッチオの絵画から遠近法を学び、『最後の晩餐』(1495年~98年)において一点透視図法を効果的に用いました。イエスの右のこめかみに消失点が設定され、全ての線が中央に集約する構図になっています。イエスを中心とした使徒たちの動きが、劇的ながら調和を持って描かれています。

「空気遠近法」を使ったレオナルド・ダ・ヴィンチ『聖アンナと聖母子』

『聖アンナと聖母子』ルーヴル美術館(パリ)
(出典:Wikimedia Commons User:Dcoetzee)

レオナルドの人物画には、背景に山岳の景色がよく描かれます。『聖アンナと聖母子』(1503年~19年頃)にも見られるように、背景の山の風景は、青みがかった空気遠近法によって描かれました。

「遠近法による理想的な構図」ぺルジーノとラファエッロ

『ペトロへの鍵の授与』 システィーナ礼拝堂(バチカン)
(出典:Wikimedia Commons User:Amandajm)

レオナルド・ダ・ヴィンチも所属していた、フィレンツェのヴェロッキオ工房で学んだピエトロ・ペルジーノ (1448年頃~1523年)は、『ペトロへの鍵の授与』(1481年~82年)の背景に、遠近法による左右対称の理想都市を描きました。ルネサンス芸術の理想の構図だといえます。

『聖母の婚礼』ブレラ美術館(ミラノ)
(出典:Wikimedia Commons)

ぺルジーノの弟子ラファエッロ (1483年~1520年)は、ぺルジーノと同じ構図で『聖母の婚礼』(1504年)を初期の時代に描きました。合理的で洗練された構図は、1508年から着手したラファエロの代表作、バチカン宮殿ラファエロの間の『アテナイの学堂』に結実しました。

■参考記事
「ラファエロ」とその生涯とは?「聖母」「天使」の有名な作品も

まとめ

初期ルネサンス期にブルネレスキが建築に発見した線遠近法は、マサッチオが絵画に取り入れ、ルネサンス時代の絵画の理想的な様式となりました。ルネサンスの時代には、多くの画家が遠近法による透視図法を用いた簡潔で洗練された絵画を制作しました。

遠近法は、「人間の視点」から見た光景を科学的に描くという意味でも、ルネサンス芸術を支える重要な思想でもありました。