【アダムとイブの話】りんごや罪・『聖書』との関係、絵画も紹介

人類の祖である「アダムとイブ」の名前は有名ですが、そもそも二人はどのように地上に現れたのでしょうか?またキリスト教では二人はどのような意味を持つのでしょうか?

この記事では、『旧約聖書』に書かれたアダムとイブの誕生や、楽園追放などの逸話を解説し、アダムとイブを主題とした絵画を紹介します。

① アダムとイブの話:誕生編

アダムとイブとは『旧約聖書』で神に創造された人類最初の男女

「アダムとイブ」(英語:Adam & Eve)とは、『旧約聖書』「創世記」に記された、神が創造した人類最初の男女です。

「創世記」には、人の創造の仕方に関して違う内容の記述が二つ存在します。聖書はさまざまな伝承をまとめた書物であるため、整合性がとれない内容や、重複する内容が見られます。

アダムとイブの誕生については、二つの逸話のうちのどちらかを選択して説明されることが多く、1つは「人(男女)は、神にかたどって造られた」とする説明、もう1つは「土からアダムを造り、そのあばら骨からイブを造った」とする説明です。

いずれにせよ、「人間は神によって造られた」ということが聖書における重要なメッセージとなっています。二つの誕生の仕方を見てみましょう。

アダムとイブは「神の形にかたどって造られた」

最初の記述は、神による天地創造の場面に続きます。天地創造では、神は6日間をかけて世界のすべてを創造したと記されています。まずはじめに「光あれ」と言い、光と闇を分け、空と海、草と木、太陽と月、鳥や獣を創造しました。

世界のすべてが揃った6日目の日に、神は「我々に似せて人を造ろう」と言い、神の形にかたどった男と女の「人」を創造します。そして7日目に神は安息します。

アダムは「土」からイブは「アダムのあばら骨」から造られた

しかし次の場面では、「土をたがやす人もいなかった」ことから、「主なる神は土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」と記述されます。アダムとは、ヘブライ語で赤土を意味します。ここでは人間の肉体は土から造られ、生命の息吹が神によって吹き込まれました。

そして、「人が独りでいるのはよくない。彼に合う助ける者を造ろう」と神は考え、アダムのあばら骨を抜き取って、イブ(女)を造ります。イブはヘブライ語でエバ(生命の意味)という意味です。

② アダムとイブの話:蛇・罪との関係

蛇の入れ知恵で「善悪の知識の木の実」を食べてしまう

神はアダムとイブを楽園に住まわせ、そこを耕し、守るようにされました。
そして「園の木から木の実を取って食べてよいが、善悪の知識の木の実だけは食べてはならない、食べると死んでしまう」と伝えました。

しかし、が現れ「実を食べても決して死ぬことはない。それを食べると賢くなる」とイブを誘惑します。イブは実を食べ、アダムにも渡したので彼も食べてしまいます。

アダムとイブは善悪の木の実を食べたことにより、善悪がわかるようになり、自分たちが悪を犯してしまったことを知りました。

アダムとイブは楽園追放に

神は二人をエデンの園から追放。キリスト教の解釈によれば、神は全知全能で、人を思うままにすることができましたが、人間を信頼したので自由を与えました。

しかし、誘惑に負けて神に背いたアダムとイブは、神によって堕落した者となったのです。

アダムとイブの神への裏切りが人類の「原罪」となった

神から追求されると、アダムは木の実を食べたことをイブのせいにして、イブは蛇のせいにしました。これは人間の傲慢と罪のなすり合いだとされます。

時がくれば善悪を教えようとする神の計画を乱し、神への不従順により善悪を知ったため、人間は善悪がわからなくなり、心に影が差したとキリスト教では解釈されます。

これらの一連の神への裏切りと傲慢が、人類すべてが背負う「原罪」となったとされます。

男・女・蛇に対して、神は罪の代償を与えた

神は、男と女と蛇にそれぞれ違う罰を与えました。

男は土が呪われるものとなったため、生涯食べ物を得ようとして苦しむことになりました。そして、女は苦しんで子を産むことになり、蛇は一生を這いまわって過ごす運命を背負いました。

そして、「食べたら死ぬ」と言われていた木の実を食べたことから、人間は「必ず死ぬ」運命となります。人間は何故死ぬのかという原因が示されています。

『旧約聖書』に記された、人類の救済の約束

楽園で幸せに満ちていたはずが、神から与えられた自由を使って罪を犯したアダムとイブの罪は、すべての人類に及びました。楽園を追われた人間は罪を重ねるようになり、人類全体が暗闇の中にいたところを救ったのがイエス・キリストです。

『旧約聖書』では、人類を見捨てることなく神は必ず救済するという約束を、モーセが神と契約します。その契約を成就するのがイエス・キリストです。

③ アダムとイブの話:子孫と生涯

「創世記」にはアダムとイブの生涯については、詳しくは記されていませんが、その子孫たちの堕落のエピソードが次々と登場します。最初の息子であるカインは殺人者となります。

アダムとイブの子ども「カインとアベル」は人類最初の殺人者と被害者

アダムとイブは最初の子ども「カイン」を授かり、次に弟の「アベル」を授かります。カインは土を耕し、アベルは羊を飼いました。カインはあるとき、神に受け入れられたアベルに嫉妬し、自分は神に愛されていないと思い、神を憎みます。カインは弟アベルを殺してしまいます。神はカインを追放し、エデンの東のノド(さすらいの意味)に住みました。

アベルは死に、カインは追放されますが、アダムとイブはセトを授かります。セトは家族を増やし、カインもノドで家族を増やし、地上に人間が増えてゆきました。

カインとアベルの物語は、人類最初の殺人として、絵画などの主題にとりあげられます。

アダムは「930年」生きたとされる

アダムは子孫を増やし、930年生きたと「創世記」に記されています。イブについては記述はありません。

アダムとイブの3人目の子どもであるセトは、912年生きたとされます。

現在の人類は全員が「アダムとイブの子孫」

『旧約聖書』「創世記」によれば、アダムとイブの二人から人類が広がっていったため、現在の人類はすべてアダムとイブの子孫ということになります。なお、堕落した人類に怒った神が仕組んだ「ノアの洪水」により、ノア一家以外の人間は一度滅んだため、アダムとイブよりも近い人類の祖先はノアとなります。

■『旧約聖書』「創世記」については以下の記事を参考にしてください。
『旧約聖書』とは何か?「創世記」や「ヨブ記」のあらすじも解説

④ アダムとイブの話:りんご・葉っぱの関係とその由来

「善悪の知識の木の実」がりんごとして描かれる

アダムとイブが食べてしまう禁断の果実である「善悪の知識の木の実」は、絵画では林檎として描かれます。

聖書には木の実が「林檎」だとの記述はありませんが、不死を得られる「黄金の林檎」のギリシャ神話の逸話からの影響により、アダムとイブが食べる果実は林檎が描かれるのが伝統となっています。

アダムとイブの「葉っぱ」はいちじく

また、目が開いたため、自分たちが裸であることを知った二人は、「いちじくの葉をつづり合わせ、腰をおおうものとした」との聖書の記述から、裸の二人が腰を覆う葉っぱは「いちじくの葉」でしばしば描かれます。

「アダムとイブ」を主題とした絵画作品を紹介

『アダムの創造』システィーナ礼拝堂(バチカン)
(出典:Adobe Stock)

アダムとイブを主題とした絵画は、「楽園追放」「原罪」などのタイトルで、中世の時代からたくさん描かれてきました。そのうちのいくつかを紹介します。

ミケランジェロ『アダムの創造』(1508年~1512年)

ミケランジェロが描いた史上最大のフレスコ画「システィーナ礼拝堂天井画」の中の『アダムの創造』には、神がアダムに魂を吹き込む瞬間が描かれています。聖書にのっとって、神が鼻に息を吹き込むのではなく、指先を触れ合わせるという図像になっていますが、このドラマティックな場面は、あらゆる創造の象徴となりました。

クラナッハ『アダムとイヴ』 (1526年)

『アダムとイヴ』
(出典:Wikimedia Commons)

ドイツの画家クラナッハはルターと親交があり、自らも宗教改革論者であり、聖書の世界を描いて伝えました。『アダムとイヴ』は、原罪の場面を描いています。クラナッハの描く、体をくねらせる独特の女性像は、北ヨーロッパで人気を博しました。

ブグロー『アベルの死を嘆くアダムとイブ』(1885年~1888年)

『アベルの死を嘆くアダムとイブ』
(出典:Wikimedia Commons User:Grendelkhan)

19世紀フランスを代表する画家ブグローは、新古典主義の伝統的な題材から独自の構想画を描きました。荒涼とした大地でアベルの死を嘆くアダムとイブが独特の世界観で描かれています。

フラ・アンジェリコ『受胎告知』(1426年頃)

『受胎告知』 プラド美術館(マドリード)
(出典:Wikimedia Commons User:Alonso de Mendoza)

大天使ガブリエルが、イエス・キリストの受胎をマリアに告げる『受胎告知』は数多く描かれてきましたが、フラ・アンジェリコの『受胎告知』では、「楽園追放」の場面も左上に挿入されています。

アダムとイブが背負った罪を救済するイエス・キリストが、ここに誕生を告知されるということが示されています。

まとめ

聖書に記されたアダムとイブは、神が創造し、世界に現れたはじめての人間の男女です。アダムとイブが神の教えに背いたことで人類は原罪を背負い、イエス・キリストがその罪を贖うために犠牲となり、人類を救ったという考え方がキリスト教の柱となっています。

アダムとイブの「楽園追放」が挿入されたフラ・アンジェリコの『受胎告知』が、その世界観をわかりやすく伝えています。