「用意周到」は、ぬかりなく用意が行き届いていることです。推理小説などで犯人を形容するときに使われることがよくありますが、言葉自体に悪い意味はありません。この記事は「用意周到」の意味について、「準備万端」との違いや使い方、類語・対義語なども含めて紹介しており、語句への理解が深まる内容となっています。
「用意周到」の意味とは?
「用意周到」の意味は用意が行き届いていること
「用意周到」の読み方は「よういしゅうとう」です。用意がすみずみまで行き届いていて、ぬかりがないことやそのさまを表したものです。
「用」は使うことを、「意」は気持ちを表しており、あわさって気を配るという意味になります。続く「周」と「到」は、いずれの文字にも「行きわたる」という意味があり、隅々まであまねく行きわたることを表した「周到」という熟語を作っています。
「用意周到」は読み下し可能な四字熟語
四字熟語には、「天下泰平」や「容姿端麗」などのように二字熟語の組み合わせで構成されているものが多く見られます。また、「意気衝天」や「臨機応変」のように、漢文を読み下すように読むことで意味が分かるものもあります。
「用意周到」は、「用意」と「周到」の組み合わせで構成されていると同時に、「意を用いること周く到る(いをもちいることあまねくいたる)」と読み下すことができるものです。
「用意周到」の使い方
「用意周到」に悪い意味はない
推理小説や刑事ドラマなどで、「用意周到なアリバイ」「用意周到に計画された犯行」という言い回しがよくみられます。しかし、「用意周到」という言葉そのものに悪い意味合いはありません。
手抜かりなく用意されたということが、ずる賢さや油断ならない隙のなさを連想させるものであるか、緻密で行き届いた気配りや丁寧さを連想させるものであるかによって、意味合いが変わってくるのです。
「用意周到」は不手際がないこと
「用意周到」は、事前に必要な物をぬかりなくそろえていることや、不注意・不手際がないことのほか、不測の事態まで想定して準備していることに対して使う言葉です。つまり事の良し悪しに関わらず、完璧に近い備えができていることを指して用いられるものです。
「用意周到」を使った例文
- ここまで完成度の高い仕事をするためには、よほど用意周到な準備を行ったはずだ
- 彼ほどの用意周到な男でも、今回のアクシデントは想定外だったようだ。
- 彼女の用意周到さには、驚きを通り越して恐ろしさすら感じる。
「用意周到」と「準備万端」との違いとは?
「準備万端」とは準備のすべてという意味
「準備万端」とは、準備のすべて一切という意味です。「万」はすべて、「端」はもと・はしを表しており、あることに関するすべてのことがらという意味の「万端」を形成しています。
つまり、「準備万端」だけでは「準備ができている」という意味にはならず、「準備万全」もしくは「準備万端整っている」というようにしなければなりません。
誤用が定着しつつある「準備万端」
本来、「準備万端」だけでは準備がすべてできているという意味にはなりませんでした。しかし誤用が広がったため、「準備万端で本番を迎えた」という言い回しが通用するようになっています。
なお、新聞や報道では「準備万端」単独での使用はされず、「準備万端整った」や「準備万端そろった」のように用いられています。
「用意周到」は単独で使える四字熟語
「用意周到」は、単独で用意ができているという意味になる四字熟語です。一方の「準備万端」は、「整った」や「そろった」などを続けることで、意味を成します。
しかし近年「準備万端」を、「用意周到」と同じ意味合いで使ったり、「準備万全」と混同したりしている誤用事例が増加中です。
「用意周到」の類語・対義語
「用意周到」の類語は「用心堅固」
「用心堅固(ようじんけんご)」とは、きわめて注意深いことを指した言葉です。「用心」は心を配ることや、万一に備えて警戒を怠らないことを、「堅固」は丈夫で壊れにくいことを表した文字で、熟語が持つ意味を構成しています。
「用心堅固」には「用意周到」と同じ意味合いがありますが、「用意周到」が行き届いているというニュアンスがあることに対し、「用心堅固」は守りが固いというニュアンスがあります。
なお、ことわざの「石橋を叩いて渡る」や「転ばぬ先の杖」も、「用意周到」と同じ意味合いで使うことができるものです。
「用意周到」の対義語は「無計画」
「無計画」は、見通しも立てずに事を行うことを表した言葉です。綿密に用意しておく「用意周到」とは反対の意味を持っており、対義語として使うことができます。
また「運否天賦(うんぷてんぷ)」は運を天に任せることで、自己責任で用意して事に当たる「用意周到」の対義語といえるものです。
まとめ
「用意周到」の意味について、「準備万端」との違いのほか使い方なども紹介しました。「用意周到」に悪い意味はないのですが、その完璧さのためか隙のなさや冷徹な印象を与えることがあります。したがって、褒め言葉として使うときには少し注意が必要になるかもしれません。