「弁証法」という思考方法を知っていますか?「正⇒反⇒合」として説明されることが多い弁証法は難しいものと捉えられがちですが、実はよりよい変化や発展を促すとても使いやすい思考方法です。弁証法を簡単に使うことができるように、その意味をわかりやすく説明し、ビジネスでの使い方の例などもあわせて紹介します。
「弁証法」の意味を簡単に説明すると?
「弁証法」の意味は”討論する・会話する”
「弁証法」の意味は、”討論する・会話する”です。ギリシャ語に由来する言葉である「ディアレクティケー」の訳語です。この言葉は問答法、討論の術という意味でギリシャ哲学以来の用語です。
ソクラテスやプラトンは「弁証法」を用いて哲学をしていた
古代ギリシャの哲学者、ソクラテス(紀元前469年頃~399年)は、問答法を用いて哲学を探求していました。問答法とは、「〇〇とは何か」という問いを投げかけることによって相手の真理を知りたいという欲求を促し、それ以上さかのぼれないところまで真実を掘り下げる対話法のことをいいます。ソクラテスの問答法は弁証法の一種だとされています。
プラトン(紀元前427年~347年)は、ソクラテスなどが登場する著書の対話篇で、ソクラテス式問答法を散文で表す哲学スタイルを確立しました。相手の主張の中から自己矛盾を指摘して、相手を最初の立場と反対のものに導くソクラテスの問答法は弁証法とも呼ばれます。
ヘーゲルが「弁証法の論理を確立」した
ドイツの哲学者ヘーゲル(1770年~1831年)は、自然界や人間の歴史を絶えざる運動として捉え、その仕組みを弁証法によって説明し、弁証法の論理を確立しました。今日の哲学用語として弁証法という時は、ヘーゲルが用いた弁証法のことを指すのが一般的です。
ヘーゲルはソクラテスの弁証法を「弁証法の主観的形態」といい、内的矛盾の指摘から否定を導き出すゼノン(紀元前490年頃~430年頃)を「弁証法の創始者」と述べました。
ヘーゲルの確立した弁証法は<テーゼ>⇒<アンチテーゼ>⇒<ジンテーゼ>のプロセスで説明されることが一般的です。ヘーゲルの弁証法についてはのちほど詳しく説明します。
マルクスは「唯物弁証法を提唱」した
カール・マルクス(1818年~1883年)はヘーゲルの弁証法の観念論を批判し、現実世界の動きを観察する唯物弁証法を提唱しました。観念論では自我や理性といった観念を重視しますが、マルクスは物質的な基盤を重視する唯物論をとっていたためです。ヘーゲルの弁証法は「観念弁証法」と呼ばれ、マルクスの弁証法は「唯物弁証法」と呼ばれています。
なお、観念論とは、精神が根本的な存在であり物質はその産物であるとする世界観で、唯物論とは、物質が根本的な存在であり、精神は物質から生み出されたとする世界観のことをいいます。
ヘーゲルの時代にはフランス革命(1789年~1799年)が起こり、王政(テーゼ)に対して共和制(アンチテーゼ)が提案され、資本主義革命(ジンテーゼ)が成就されたことから、闘争を通じて社会が発展するという革命思想の基盤としてヘーゲルの弁証法はマルクスに取り入れられたのです。
マルクスは『資本論』において、資本主義社会の発展と崩壊を弁証法を用いて説明しました。
ヘーゲルの「弁証法」とは?
今日、弁証法とは一般的にヘーゲルの弁証法の概念が用いられます。ヘーゲルの弁証法について詳しく紹介します。
ヘーゲルの弁証法は「矛盾から新しい考え方を生み出すプロセス」
ヘーゲルの弁証法とは次の三段階のプロセスとして一般的に説明されます。
- テーゼ(命題)が提示される
- 1.と矛盾するアンチテーゼ(反命題)が提示される
- 1.と2.の矛盾を解決するジンテーゼ(統合案)が提示される
この過程を「正⇒反⇒合」、または「肯定⇒否定⇒否定の否定」と説明されることもあります。問題を解決する際に対立する2つの事柄について両者を切り捨てることなく、より良い解決方法を見つけ出す思考方法です。つまり、否定や矛盾から新しい高次の考え方を生み出すプロセスです。
ただし、ヘーゲル自身が弁証法とはこのようなものだという具体的な説明は行っておらず、単純な定式や方法論ではないということも付け加える必要があります。
弁証法により望ましい状態に進むことを「アウフヘーベン」という
「テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ」はドイツ語が語源の言葉です。そしてその3つの過程を経てよりよい解決方法によって望ましい状態に進むことをドイツ語で「アウフヘーベン」といい、「止揚」と訳されます。
ドイツ語の 「aufheben」 には、否定する、保存する、高めるという3つの意味があり、弁証法による発展を表す言葉としてヘーゲルが用いました。訳語の「止揚」も否定、保存、高揚の意味を持ちます。
カタカナ語として使う時は、弁証法のプロセスによって望ましい状態に進むことを「アウフヘーベンする」などと用います。
ヘーゲルの弁証法の例:「主人と奴隷の弁証法」
ヘーゲルが『精神現象学』の中で挙げた「主人と奴隷の弁証法」を紹介します。
- テーゼ:自立するために支配できる奴隷を持つ
- アンチテーゼ:いつの間にか奴隷に頼って生活していることに気づく
- ジンテーゼ:誰かに頼らず自分の力で自立しようと考える
自立していると思っている主人はやがて自立を喪失しますが、逆に自立していないと思っている奴隷は自らの労働によって実は自立しています。この逆転が明らかになるとき、主人と奴隷の立場が入れ替わり、本当の自立とは何かが明らかになります。
ビジネスや身近にも使える「弁証法」の例
弁証法はシンプルに考えることによって、ビジネスや身近な問題の解決にも使うことができます。
弁証法をわかりやすく考えると「対立する意見を統合してより優れた案を見出す」こと
弁証法をわかりやすく示すと次のようになります。
- 意見Aの提示
- 意見Aに対立する意見Bの提示
- 意見Aと意見Bを統合して、よりよい意見Cを見出す
このような思考方法はビジネスでの議論や、身近な日常生活の中での自問自答においても用いることができます。
弁証法を「議論やアイデアのブラッシュアップ」などに使う
ビジネスシーンのあらゆる議論の場で弁証法を使うことができます。対立する2つの意見がある時、二者択一や是か非かといった、どちらか一方を排除する議論ではなく、2つの意見を保ちながら第3のよりよい意見へ高めてゆくという議論の仕方です。
また、あえて反対の意見を考えることでアイデアをブラッシュアップできます。有益な議論を行うための方法として弁証法を活用できるのです。
さらに、議論の場面の他に新しいビジネスモデルを考えるための思考方法として弁証法を使うこともできます。「古いビジネスモデル⇒それに代わって登場した新しいビジネスモデル⇒両者を統合した今までにないビジネスモデル」というように過去、現在、未来を軸に考える思考です。
弁証法を「身近な問題の解決」に使う
弁証法の考え方は身近な問題の解決にも使えます。例えばダイエットをしたいが、スイーツも食べたい、という時は、どちらかをあきらめるのではなく、スイーツを食べながらダイエットができるよりよい方法を考え、実行するということです。
例えば週3回フィットネスジムに通う、通勤の際に2駅分を歩く習慣をつける、などが考えられます。それにより、現在よりもよい生活習慣が身につき、健康が促進されるというわけです。
まとめ
古代ギリシャに始まった弁証法とは、互いに矛盾して対立するかに見える二つのものに対して、どちらかを否定したり割り切るのではなく、両者を肯定して統合し、よりよい案を生み出して高みに向かってゆく技術のことをいいます。
弁証法はビジネスにおいて積極的に活用したい技術です。相手の意見を否定しあうだけで解決策が示されない議論の場にイライラしたことがある人は多いのではないでしょうか。そのようなときは「正⇒反⇒合」のプロセスを思い出して、思考を深めてみてください。
■参考記事
「ヘーゲル」弁証法や思想とは?著書『精神現象学』や名言も紹介