「切歯扼腕」という四字熟語をご存知でしょうか。話し言葉においては使われることが少ない難しい言い回しですが、歴史の古い言葉でもあり知っておくと役に立つ表現です。この記事では、「切歯扼腕」の意味をはじめ由来や類語のほか、「切歯扼腕する」などの使い方が分かる例文も紹介しています。
「切歯扼腕」の意味とは?
「切歯扼腕」の意味は”ものすごく悔しい様子”
「切歯扼腕」の意味は、“ものすごく悔しい様子”です。「せっしやくわん」と読みます。「切歯」とは歯ぎしりのことですが、「扼腕」は見慣れない言葉です。「扼」とは”扼殺”という熟語からも分かるように、「おさえつける・しめつける」という意味がある漢字で、「扼腕」で腕を握りしめて押さえ付ける動作を指します。
つまり「切歯扼腕」は、歯ぎしりして腕を自分の手で握って押さえ付けなければならないほど悔しがったり怒ったりすることを意味する四字熟語です。
「切歯扼腕」の使い方・例文とは?
「切歯扼腕する」という表現が基本
シンプルな使い方としては、非常に悔しい様子を表すために「切歯扼腕する」という言い方ができます。
例えば、仕事に関して「努力したにも関わらず、成績が急激に落ち込んだせいで切歯扼腕する」と言えば、よほど悔しい思いをしたのだという意味になります。
「切歯扼腕」を使った例文
「切歯扼腕」を使った例文をご紹介しましょう。
- 勝利を目前にしての撤退命令に、前線の兵士たちは「切歯扼腕」しながらも従った。
- まさかの逆転満塁ホームランを喫しての敗北に、ファンは「切歯扼腕」して嘆いた。
- 契約を白紙撤回されて面目が丸つぶれとなった営業部長は、「切歯扼腕」の思いだろう。
「切歯扼腕」の由来とは?
「切歯扼腕」の由来は『史記』の「張儀列伝」
「切歯扼腕」の由来は、前漢時代に司馬遷が編纂した中国の歴史書『史記(しき)』で、そのなかの「張儀(ちょうぎ)列伝」に「是故天下之游談士莫不日夜搤腕瞋目切齒以言從之便以說人主」とあり、「切歯扼腕」が登場します。
張儀が魏の哀王(あいおう)に向かって、強国である秦に対抗するためには六国(韓・魏・趙・燕・楚・斉)間の合従ではなく、秦と連衡(レンコウ)すべきだと説く場面です。
「合従を説く者には大言壮語する者ばかりだ。天下の遊説の士は、日夜「搤腕瞋目切齒(やくわんしんもくせっし・腕を握りしめて目を怒らせて歯ぎしりすること)」して合従のよさを言い立てる。君主はその弁舌に迷わされ、何度も聞いているうちに合従説がもっともだと思うであろう」と張儀は言いおいて魏を去ります。
結局魏は秦と連衡することになりますが、この下りは状況によって付いたり離れたりすることを表す四字熟語「合従連衡」の由来にもなっています。
「刺客列伝」も「切歯扼腕」の由来
『史記』にある「刺客(しかく)列伝」の「樊於期偏袒扼腕而進曰此臣日夜切齒拊心也乃今得聞教遂自刎」も、「切歯扼腕」のもうひとつの由来となっています。
秦の人質となっていた燕の太子・丹(たん)は脱出して燕に戻り、秦王・政(せい)の暗殺を荊軻(けいか)に命じます。荊軻は、秦の将軍で燕に亡命している樊於期(はんおき)の首と燕の地図を携えて秦王に近づけば、暗殺の機会を得られると考えました。
そこで樊於期にこの話をしたところ、樊於期は「偏袒搤捥(へんたんやくわん。肌脱ぎして腕を握りしめること)切歯腐心(せっしふしん・歯ぎしりして苦しみ悩むこと)」して、自らの首をはねたのです。
「切歯扼腕」の類語とは?
切歯扼腕の類語①「咬牙切歯」
「切歯扼腕」の類語には「咬牙(こうが)切歯」が挙げられます。「咬牙」には歯を食いしばるという意味があり、「咬牙切歯」では歯を食いしばったり歯ぎしりをしたりして悔しがることを表します。なお、熟語の前後を入れ替えた「切歯咬牙」も「咬牙切歯」と意味は同じです。
切歯扼腕の類語②「切歯痛憤」
「切歯扼腕」の類語としては、「切歯痛憤(せっしつうふん)」や「切歯腐心(せっしふしん)」などもあります。「痛憤」とは激しく憤ること、「腐心」とは心を苦しめ悩ますことを指す言葉です。
「切歯痛憤」は歯ぎしりして激しく憤ることを「切歯腐心」は歯ぎしりして苦悩することを表し、いずれも「切歯扼腕」の類語です。
切歯扼腕の類語③「慨地団駄を踏む」
「切歯扼腕」は、怒りをこらえられず身悶えする様子を示す四字熟語です。激しく地を踏み鳴らして悔しさに身悶えすることを表した慣用句である「慨地団駄を踏む」も、「切歯扼腕」と同じ意味合いを持っています。
また、抑えることができないほど腹が立つことを指す「腸が煮えくり返る」も、「切歯扼腕」の類語といえる慣用句です。
「切歯痛憤」と「切歯嘆息」は少し意味合いが異なる
「切歯」で始まる「切歯嘆息」は、歯ぎしりして嘆き悲しむことを表す言葉です。幕末の薩摩藩主・島津久光が「切歯嘆息の至り」と語って徳川慶喜と袂を分かち、倒幕を決意したとされています。
これまでに挙げた四字熟語とは少し意味合いが異なり、「切歯嘆息」では怒りではなく、嘆きの強さを示した言葉です。
まとめ
直近で「切歯扼腕」するほどの怒りや悔しさを覚えたのは、いつのことでしょうか。社会人には分別が必要であり、感情をあらわにするようなことは差し控えるべきとされています。また、いちいち腹を立てていては身が持たないという諦観も、処世に必要な知恵といえるでしょう。
怒りや悔しさに対して鈍感となることが習い性となって、「切歯扼腕」するようなことはもうないのかもしれません。しかし身悶えするほどの怒りや悔しさは、若い感性の現れであるともいえるのです。