「枕詞」は、和歌に用いられるためか雅なひびきがする言葉です。けれども意外なことに、百人一首にはあまり「枕詞」が登場せず、その代わりにビジネスシーンで用いられる機会が増えています。この記事では、「枕詞」の意味や「序詞」との違いのほか、ビジネスシーンや百人一首での使用例も紹介しています。
「枕詞」とは?
「枕詞(まくらことば)」は和歌の修飾語
「枕詞」の意味は、“主に和歌などに用いられる古典的な修飾語”です。修飾あるいは句の調子を整えるために特定の語句の前に置かれる語句です。「まくらことば」と読み、『古事記』や『日本書紀』にも使われています。
一般的に5音の語句が多く用いられており、現代語に訳されることはないものの意味が全くないわけでもないため、「枕詞」の扱い方を理解するためには多少の知識が必要です。
「枕詞」は対で使われる
「枕詞」においては、修飾する語と修飾される語とは固定されていて、たとえば「あおによし」という枕詞のあとには、必ず「奈良」が続く決まりになっています。「あおによし」の「あおに」は「青丹」で、奈良地方で採れる青土のことです。
また「ぬばたまの」は、「夜」や「髪」など黒いものを修飾する「枕詞」ですが、黒い草の実のことを指す「ぬばたま」という言葉を用いることで、対象となるものの黒さを際立たせています。
これらの事例から分かるように、修飾する語句を象徴したりたとえたりする言葉が「枕詞」となっているのです。
意味がわからない「枕詞」も
「枕詞」のなかには、意味がよく分からなくなっているものもあります。たとえば「山」や「峰」に掛かる「あしひきの」は、足を引きつつ登ること、あるいは山すそが長く引くことを意味しているのではないかといわれいますが、確定することはできなくなっているのです。
「枕詞」には前置きという意味も
「枕詞」は和歌の修飾語という意味のほかに前置きという意味もあり、現代ではこの意味で用いられることが一般的です。
ビジネスの現場でも用件だけを述べるのではなく、本題の前にひとこと「枕詞」を置くだけで当たりが柔らかくなります。その結果、良好な人間関係を築くことができ、業務も円滑に進んでいくのです。
特に相手が喜ばないようなことを伝えなければならないときに「枕詞」は重宝で、「申し上げにくいのですが」「恐縮ですが」などと前置きすることにより、相手の気持ちをやわらげることができます。
とはいえ「枕詞」を多用しすぎることで冗長になり、肝心の用件が伝わりづらくなっては本末転倒です。また、言葉が上滑りしてしまい誠意が感じられなくなる恐れもあるため、「枕詞」の使いすぎにはご注意ください。
「枕詞」と「序詞」の違いとは?
「枕詞」と「序詞」の違いは自由度の高さ
「枕詞」に似た使い方をする言葉に、「序詞」があります。「序詞」は「じょことば」と読みますが、「枕詞」と同様に和歌などで用いられる修飾語で、特定の語の前に置いて比喩や掛詞としての役割のほか、韻を踏む働きをします。
「枕詞」と異なる点は、言葉の長さや対になる語句に決まりがないことで、作者が自由に創作することができます。
「枕詞」が「序詞」に含まれることも
「枕詞」と「序詞」の両方が含まれている句の事例として、「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」があります。
「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の」が「ながながし」の序詞で、序詞に含まれている「あしひきの」が「山」の枕詞です。
「枕詞」の百人一首での使用例
平安期すでに人気薄だった「枕詞」
「枕詞」は平安期に入ると人気が低下し、あまり用いられなくなりました。そのため、百人一首で用いられている事例は思いのほか少なく、わずか6つしかありません。
「枕詞」は奈良時代以前に誕生したため、平安期にはすでに意味がよく分からなくなってしまったものが少なくなかったことと、用法が固定されていることが自由な創作の妨げになると敬遠されるようになったことが、人気低下の理由とみられています。
百人一首に見られる「枕詞」
百人一首で「枕詞」が使われた和歌は以下の6つです。
- 春過ぎて夏来にけらし白妙(しろたへ)の 衣干すてふ天の香具山
- 田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ
→「白妙の」が衣や雪などのような白いものを修飾 - あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
→「あしひきの」が山を修飾 - ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
→「ちはやぶる」が神を修飾 - ひさかたの光のどけき春の日に 静(しず)心なく花の散るらむ
→「ひさかたの」が光を修飾 - 浅茅生(あさじう)の小野の篠原しのぶれど あまりてなどか人の恋しき
→「浅茅生」は浅茅が生えていることを指す言葉で、小野を修飾
まとめ
「枕詞」の意味や序詞との違いのほか、ビジネスシーンや百人一首での使用例を紹介しました。
和歌を詠まれる方以外の現代人が、本来の意味での「枕詞」を使う機会はほとんどありません。しかし、「枕詞」に込められた床しい思いは時代を越えるもので、効率や成果を重視する現代社会にあっても、日本人の意識のなかに流れ続けているようです。