マネジメントやリーダーの教科書として推されながらも、非情とも人間不信論ともいわれる異色の古典「韓非子」を知っていますか?強いリーダーを目指す人なら一度は触れてみたい「韓非子」について、その概要をわかりやすく解説します。
「韓非子」とは?
まずはじめに「韓非子(かんぴし)」の思想や背景について説明します。
「韓非子」は諸子百家思想の最後の集大成を行った人
「韓非子」とは、諸子百家思想の最後の集大成を行った人物です。春秋戦国時代には様々な学派が現れ、自説を競い合いましたが、そのような学派や学者のことを「諸子百家(諸子百家)」といいます。
人としての韓非子は、中国の春秋時代から戦国時代にかけておこった、熾烈な思想競争の時代に生きました。
韓非子は儒家の「荀子」に学びます。荀子の人の本性は悪であるとする「性悪説」を基本としますが、韓非子は荀子よりもさらに実践的な考えを発展させ、徹底的に情緒的な要素を排してゆきます。
「韓非子」は書物の名前でもある
「韓非子」とは、中国戦国時代の法家である韓非の著書です。「韓非子」は人名でもありますが、書物の名前でもあります。
「韓非子」は「法家思想」をうちたてた
韓非子は、人は全て利己的な存在であるとし、冷徹に人間を見つめます。社会の秩序の安定には孔子や孟子が説いた「仁」や「徳」などの曖昧なものではなく、客観的な「法」が必要だと説くのです。それは君主の力量がなくとも、法を完備することで国の秩序を保つことができるとして、「刑罰(法)」と「術(人のントロール術)」が必要だとする「法家思想(ほうかしそう)」に発展します。
秦の始皇帝が「韓非子」の思想を実践した
秦の始皇帝は「韓非子」の法家思想に感嘆し、実践しました。始皇帝は韓非子を秦に呼び寄せますが、そこで危機感を持った李斯(りし)の謀略により服毒自殺をはかり、生涯を終えます。
韓非子の死後に秦は初の中国統一を成し遂げることになり、韓非子の思想は中国の歴史に大きな影響を与えました。
『韓非子』の名言と書き下し文
『韓非子』の中から名言を書き下し文(書き下さし文)と解説で紹介します。
其れ物は宜しき所あり、材は施す所あり。
物にはそれに見合った正しい使い道があるように、人材にもそれを配する適切な場所や処遇がある。
法は貴におもねらず、縄は曲にたわまず。
法の適用は、身分の高い人だからといっておもねって曲げてはならない。大工は木が曲がっていても墨縄を曲げたりはしない。
二柄(にへい)は刑と徳なり。
権力の二つの柄は刑罰と恩賞である。人は刑罰をおそれ、恩賞を喜ぶ。
小利を顧みるは、則ち大利の残なり。
小さな利益にひかれることは、大きな利益の妨げになる。
法は顕かなるに如くはなく、術はあらわるるを欲せず。
法令は文面に明らかにし、術を運用するにあたっては顔色や行動のうえにあらわしてはならない。
慈母には敗子(はいし)あり
情け深い母親には、その愛におぼれてとかく残念な子ができる。
たんぷくにして利を好むは、則ち国を滅ぼし身を殺すの本なり。
利益だけを貪欲に追い求めていると、いずれ国を失い、その身も滅ぼすことになる。
之を利するを以て心と為さば、則ち越人も和し易く、之を害するを以て心と為さば、則ち父子も離れかつ怨まむ。
お互いの利益になるのであれば遠い国の人ともうまくやっていける。一方で損になるのであれば、父と子の間であっても怨みが生じる。
ひょう炭は器を同じくして久しからず。
氷と炭を同じ器に入れれば氷は溶けて炭火は消える。両者の言い分を取り入れるのは失敗のもとである。
虎の能く狗を服する所以の者は、爪牙なり。
虎が犬を服従させることができるのは爪と牙があるからだ。人君も刑罰という武器をもたなければ人を治めることはできない。
『韓非子』が出典の成語やことわざ
客観的に人間をみつめ、実践的な統治法を説いた『韓非子』には、成語やことわざがたくさんあります。一部を紹介します。
「矛盾」
「矛盾(むじゅん)」はつじつまが合わないことの意味ですが、その言葉の出典は『韓非子』に書かれた故事にあります。矛と盾を売る者がいて、自分の矛はどんな盾も貫き、自分の盾はどんな矛も通さないというので、それを聞いた人がその矛でその盾を突いたらどうなるのかと問うと、その者は答えることができなかったという話です。
「逆鱗に触れる」
「逆鱗(げきりん)」とは、そこに触れると殺されてしまうという、竜のうろこの伝説のことです。『韓非子』の中で、「君主に意見を述べるときは、君主の逆鱗に触れないようにすることが大切だ」と書かれていることがもととなった言葉です。このことから、目下の人を怒らせるときには使われず、目上の人を怒らせたときに使われます。
「虎に翼」
「虎に翼(とらにつばさ)」とは、悪者に勢いをつけるようなことはするな、という意味です。虎のようにただでさえ強い者に翼までつけるようなことはするな、というたとえからできたことわざです。
蟻の穴から堤も崩れる
「蟻の穴から堤も崩れる(ありのあなからつつみもくずれる)」とは、ささいなことでも油断していると、大きな災害や惨事を招くことがあるというたとえの教訓です。
『韓非子』が出典の四字熟語
『韓非子』が出典の四字熟語の一部を紹介します。
「信賞必罰」
「信賞必罰(しんしょう ひつばつ)」とは、情にとらわれず、厳格に賞罰を行うことをいいます。
「唯唯諾諾」
「唯唯諾諾(いい だくだく)」とは、少しも逆らわずに他人の言いなりになるようすをいいます。
「守株待兎」
「守株待兎(しゅしゅたいと)」とは、木の切り株を見守りながら兎をまつことから、偶然の幸運をあてにする愚かさのたとえです。古い習慣にとらわれて融通がきかないことも表しています。
「株を守りて兎を待つ」と訓読みします。
まとめ
「韓非子」は師である荀子の性悪説の立場をさらに発展させ、放っておくと悪の道に進む人間は「法」と「術」によって矯正し、コントロールするべきだとする厳しい法治主義を説きました。その厳しさに反発を覚える反面、おもわず共感し、納得してしまう人も多いでしょう。
「君主論」を書いたルネサンスの思想家、マキャベリにも似たその非情な人間観は、現代のビジネスマンの教科書ともされて読み継がれており、それはきびしいとともに新しいものであることの証明なのではないでしょうか。
「韓非子」の入門編としては次の本がおすすめです。
■参考記事