古代中国の兵法書『六韜(りくとう)』は『孫子』ほどには知られていませんが、その独特の戦略指南を愛読する人は少なくないようです。『三略』とあわせて『六韜三略』と併称されることも多い六韜について、三略とともに内容を紹介します。
『六韜』とは?
まずはじめに『六韜』について紹介します。
『六韜』は古代中国の兵法書
『六韜』とは、古代中国の兵法書「武経七書」の一つです。戦わずして勝利を収めるための戦略と戦術が具体的に記されています。周建国の功労者である太公望呂尚(りょしょう)が、周の文王に兵法を指南する形で書かれています。
『六韜』は武経七書の一つ
武経七書(ぶきょうしちしょ)とは、『孫子(そんし)』、『呉子(ごし)』、『司馬法(しばほう)』、『李衛公問対(りえいこうもんたい)』、『尉繚子(うつりょうし)』、『三略(さんりゃく)』、『六韜(りくとう)』の七種の兵法書のことです。宋代に武人養成のためのテキストに定められました。
■参考記事
「孫子の兵法」をビジネスに役立てる!名言を原文とともに解説
『三略』とあわせて『六韜三略』と併称されることが多い
『六韜』は、「武経七書」のうちの『三略』と併称され、『六韜三略』と呼ばれることが多いです。六韜三略は意味が転じて兵法などの極意や奥の手の意味でも用いられます。
「韜」は袋や包むという意味、「略」とは戦略の意味
「韜」とは剣や弓などを入れる袋や包むという意味があります。「略」とは、「戦略」の意味です。
六韜は、文韜・武韜・竜韜・虎韜・豹韜・犬韜から成り、三略は、上略・中略・下略から成ります。六韜の虎韜は「虎の巻」として兵法の極意の意味の慣用句ともなっています。
『六韜』の内容を現代語訳で紹介
『六韜』の中から、現代のビジネスでも参考になる戦略、あるいは参考になるかもしれない戦略を現代語訳で紹介します。
武力によらず敵を撃つ法(武韜)より
「武韜」に書かれている、武力によらず敵を征服する十二の法の概要を紹介します。こららの策を講じたのちに武力にうったえると書かれています。
1.相手の歓心を買うことに努め、敵を慢心させて失策を誘う。
2.敵の君主の臣下を君主と対立させる工作を行い、国家を危機に陥らせる。
3.買収工作によって敵国の側近を掌握し、敵国に混乱を生じさせる。
4.敵の君主を遊興にふけらせるように仕組む。
5.敵の忠臣を君主から引き離して謀略にかける。
6.敵の臣下を懐柔して利用する。
7.敵の側近に賄賂を贈って農業生産を低下させ、穀物の貯えをからにさせる。
8.相手の利益になるようなことをして信頼関係を築き相手を利用する。
9.敵の君主におせじを言っておだて、油断させる。
10.相手の気に入るようにして、十分信頼を得たら、好機を待って攻撃をしかける。
11.高位を約束し、高価な贈り物をして有能な臣下を懐柔する。
12.美女や軽薄な音楽をすすめるなどあらゆる方法で敵の君主を惑わす。
人の内心を見破る法(竜韜)より
「竜韜」に書かれている、外から見ただけれはわからない人の本心を見破り、有能な人材を振り分けるための八つの方法を紹介します。
1.質問してみて、どの程度理解しているか観察する。
2.追及してみて、とっさの反応を観察する。
3.スパイを差し向けて内通を誘い、その誠実さを観察する。
4.秘密を打ち明けて、その人徳を観察する。
5.財政を扱わせて、正直さを観察する。
6.女色を近づけてみて、堅実さを観察する。
7.困難な仕事を与えてみて、勇気があるかどうかを観察する。
8.酒に酔わせてみて、その態度を観察する。
『三略』から「名言」の原文と現代語訳を紹介
『三略』(上略)に書かれた戦略法で「柔よく剛を制す」という名言で知られる法がありますので紹介します。
「柔よく剛を制す」の原文
軍識曰、柔能制剛、弱能制強、柔者徳也、剛者賊也。
弱者人之所助、強者人之所攻。
柔有所設、剛有所施、弱者所用、強者所加。
兼此四者、而制其宣。
「柔よく剛を制す」の書き下し文
軍識にいわく、「柔はよく剛を制し、弱はよく強を制す」と。柔は徳なり、剛は賊なり。
弱は人の助くるところ、強は人の(怨の)攻むるところなり。
柔も設くるところ有り、剛も施すところ有り、弱も用うるところ有り、強も加うるところ有り。
この四者を兼ねて、そのよろしきを制す。
「柔よく剛を制す」の現代語訳
古代の兵法書『軍識(ぐんしん)』にこう記されている。
「柔はかえって剛に勝ち、弱は強に勝つことができる」と。
柔和にして抗する心がなければ、かえって敵はその徳に屈する。
弱い者は擁護されるが、強い者は怨みを買い狙われる。
(とはいえ、)柔・剛・弱・強のいずれも兼備したうえで、時宜に応じて自在に対処することこそ肝要である。
まとめ
『六韜』は古代中国の兵法書で、戦わずにして勝つための戦術が記されています。武経七書のうちで最も有名な『孫子』も、「戦わずして勝つ」ことを根本思想としています。
大化の改新の中心人物である藤原鎌足は、『六韜』を暗記するほど読み込んでいたという伝承が残っています。しかし、その後の歴史上の人物が愛読していたという記録はみられないようです。敵を欺き、戦わずして勝つという中国の戦術思想は、密かに伝えられていたのかもしれません。
『六韜』は諸子百家の「兵家」の書としても分類されています。
■参考記事
「諸子百家」の意味とは?流派の一覧とそれぞれの思想も紹介