「モーセの十戒」とは?キリストの教えとイスラム教との関係も

芸術のテーマとしても取り上げられる「モーセの十戒」は、『旧約聖書』に書かれたエピソードですが、歴史的に重要な出来事でもあります。

この記事では、「モーセの十戒」とは何かについてと、キリストがモーセの十戒を語る聖書の記述や、イスラム教との関係について解説します。あわせて、モーセとはどのような人物なのか、またモーセが海を割った奇跡や映画などについても紹介します。

「モーセの十戒」(英語:Ten Commandments)とは?

「モーセの十戒」とは神から与えられた”十の戒律”のこと

「モーセの十戒」とは、ユダヤ人の指導者モーセが神から与えられた”十の戒律”のことです。『旧約聖書』の中の「出エジプト記」にその記載があります。

「出エジプト記」とは、モーセがユダヤ人(イスラエル人)を率いてエジプトから脱出する歴史物語です。モーセは、エジプトのファラオのもとで奴隷のように虐げられていたイスラエル人を救う使命を神から与えられ、神から与えられた約束の地、カナンを目指してエジプトを脱出する指導者です。

「出エジプト記」は苦難の脱出の物語で、途中で民がモーセに逆らうこともあります。その過程の中でモーセは神から「十戒」を授かるのです。

十戒の中で重要な点は神を宣言したこと

エジプトからカナンを目指しての旅の途中、シナイ山においモーセは神と遭遇し、石に刻まれた次の十戒を授かります。十戒の中で特に重要な点は、神が唯一の神としての神を宣言したことです。

神は「わたしはお前たちを奴隷の地エジプトから導き出したお前たちの神である。」と前置きして十戒を与えました。

  • 主が唯一の神である
  • 偶像を作ってはならない
  • 神の名をみだりに唱えてはならない
  • 安息日には仕事をしてはならない
  • 父母を敬え
  • 殺人してはならない
  • 姦淫してはならない
  • 盗んではならない
  • 隣人について偽証してはならない
  • 隣人の財産を欲してはならない

「モーセの十戒」は救世主信仰の発端となった歴史的事件の象徴

モーセが十戒を神より授かったシナイ山における交渉は、イスラエルの民と神との間に契約関係が成立したことを象徴する歴史的な出来事として「シナイ契約」と呼ばれます。

この神との契約により、それ以後イスラエルの宗教は、契約違反による罪と、それに対する救世主による審判と救済の思想を展開します。神の定めた戒律に従えば救済されるという救世主による救済の信仰は、キリスト教にも引き継がれました。

「モーセの十戒」と”キリスト・イスラム教”との関係とは?

キリストは「モーセの十戒」に”愛の精神”を付与した

「モーセの十戒」は『旧約聖書』に書かれたエピソードです。イエスは『新約聖書』において、モーセの十戒に「愛の精神」を付与しています。『新約聖書』「マタイ福音書」における「山上の垂訓」の場面では、キリストが「モーセの十戒」やモーセの教えを引いて説教するする言葉が記されています。一部を紹介します。

マタイ5~7章

あなたたちは昔の人がモーセから「人を殺してはならない」と命じられたことを聞いたであろう。しかしわたしはあなたたちに言う。兄弟に腹を立てる者は皆、ただそれだけの理由で、天国の裁判所で罰せられる。

あなたたちは昔の人がモーセから「偽りの誓いをしてはならない」「誓ったことは主に対して果たさねばならない」と命じられたことを聞いたであろう。しかしわたしはあなたたちに言う。いっさい誓ってはならない。天にかけても誓ってはならない。天は神のみくらであるから。

あなたたちは昔の人がモーセから「目には目、歯には歯(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯でつぐなわなければならない)」を聞いたであろう。わたしはあなたたちに言う。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。

あなたたちは昔の人がモーセから「隣人を愛し、敵を憎め」と命じられたことを聞いたであろう。わたしはあなたたちに言う。敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。

「イスラム教」においても”モーセの十戒”は重要な戒律

イスラム教においても、モーセは預言者の一人として登場し、重要な戒律である「モーセの十戒」を含む出エジプトの物語も伝承されています。イスラム教における聖典には、アブラハム、モーセ、イエスなどが説いた教えを、最後の預言者であるムハンマドが最終的にまとめ上げたものが記されています。

「モーセ」とはどんな人物?

ミケランジェロのモーセ像(サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会)

「十戒」を神より授けられ、神と人々との契約を仲介したモーセとは、どのような人物なのでしょうか?モーセが生まれたときの状況とあわせて説明します。

「モーセ」はエジプトで生まれたヘブライ人

神よりカナンの地を与えると約束されたのはアブラハムです。その息子イサクの息子ヤコブ(イスラエル部族の始祖)の息子ヨセフはエジプトの宰相となります。ヨセフの兄たちが住むカナンの地が飢饉となり、ヨセフはイスラエル一族をエジプトに呼び寄せます。

ヨセフの時代から時を経ると、イスラエルの民はエジプト人から奴隷のように虐げられるようになります。その困難な状況の中で、モーセはエジプトのヘブライ人(エジプトの奴隷時代のイスラエル人の呼称)家庭に生まれました。

しかし新生児殺害のファラオの命令から逃れるために、生まれてすぐにモーセはナイル川に流されます。幸い王族に拾われ、王子として育てられますが、エジプト人を誤って殺害したことから、砂漠に隠れて生活します。そこに神が現れ、エジプトに戻ってイスラエルの民をカナンの地へを導くように命じられるのです。

モーセと民は、40年にわたって荒野をさまよいました。モーセ自身はカナンへはたどり着けず、後継者のヨシュアがカナンの地を征服しました。

「モーセ」は”海を割る”奇跡を行った

ファラオは、貴重な労働力であるイスラエル人の解放を認めませんでした。モーセはナイル川の水を血に変えるなど、神のもと数々の奇跡を行い、阻止するファラオに神の力を信じさせ、解放に同意させました。

モーセとイスラエル人はエジプトを脱出しますが、ファラオは追っ手を差し向けます。紅海を前にして追い詰められたモーセは、杖を掲げて海面を二つに割る奇跡を行います。民とともに海にできた通路を渡りきると、水面はもとにもどり、エジプト軍は飲み込まれてしまいました。モーセが行った奇跡の中でも、この場面はあとで紹介する映画などの影響もあり、有名となりました。

角を持った姿の「モーセ像」は聖書の誤訳が原因

絵画や彫刻での「モーセ像」には、しばしば角が生えた姿で描かれます。ミケランジェロの有名なモーセ像の彫刻も2本の角を持っています。これは「輝く」を意味するヘブライ語に「角」との意味もあるため、聖書が翻訳される過程で「輝く」が「角」に誤訳されたことから起こりました。『旧約聖書』はヘブライ語で書かれたものです。

「モーセ」は実在した歴史上の人物とする説が有力

モーセが実在したかどうかについては諸説がありますが、「出エジプト記」に記載された歴史的事柄は、大筋において実際に起こったことであり、指導者「モーセ」も、実在した人物であるとの説が有力です。モーセは、紀元前16世紀、または紀元前13世紀頃の人物だとされ、イスラエルの民の出エジプト、シナイ山における契約締結、救世主への信仰の始まりにおいて中心的な役割を果たしました。

また、モーセは旧約聖書に収められた「モーセ五書」の著者であるとされていますが、実際は別の複数の作者によるものであると研究されています。

『旧約聖書』「出エジプト記」が原作の映画『十戒』を紹介

「十戒」は1956年に公開されたアメリカの映画

『十戒』(原題:The Ten Commandments)は、『旧約聖書』「出エジプト記」を原作として作成され、1956年に公開されたアメリカの映画です。モーセはチャールトン・ヘストンが演じました。

紅海が割れてモーセとイスラエルの民が海の底を歩く迫力のシーンにより、この聖書のエピソードが有名となりました。またシナイ山頂で、石板に十戒が刻まれるシーンも劇的に描かれています。

まとめ

イスラエル人は、民族の始祖アブラハムとともに「カナンの地」に暮らしていましたが、飢饉によりエジプトに移住し、そこで虐げられるようになります。エジプトの地からカナンへ脱出するイスラエルの指導者となったのがモーセで、その脱出の旅の途中、シナイ山で神より「十戒」を授けられました。

「十戒」により唯一の神が出現し、出エジプトにより救済の歴史が始まりました。『旧約聖書』の「出エジプト記」に記載された出エジプトとシナイ山における契約は、モーセの時代のもっとも重要な出来事であるとともに旧約聖書のハイライトでもあり、絵画などのテーマとしてもさまざまな場面が取り上げられました。

また『旧約聖書』に続く『新約聖書』におけるイエス・キリストの教えも、モーセの十戒やモーセの教えを基盤としています。『旧約聖書』の一部を共有するイスラム教もまた同様です。

■参考記事
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