「カンディンスキー」とその生涯とは?著書と代表作品も解説

抽象絵画の父として有名な「カンディンスキー」とは、どのような人物だったのでしょうか?この記事ではカンディンスキーの生涯を追いながら画業の軌跡を紹介します。あわせて代表的な著書と「コンポジション」などの絵画についても解説します。

「ワシリー・カンディンスキー」とは?

カンディンスキーのポートレート
(出典:Wikimedia Commons User:Arz)

カンディンスキーは「抽象絵画」を創始したロシア出身の画家

ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky、1866年~1944年)は、ロシア出身の画家で美術理論家です。20世紀のはじめにヨーロッパ各地に興った抽象芸術の潮流の中、いちはやく絵画を理論的・科学的に徹底的に分析し、絵画史に新しい局面を切り開きました。

カンディンスキーは理論構築の一方で、音楽のように感覚的に受け取れる絵画を目指しました。抽象絵画の胎動となったキュビズムが形態の抽象を追求したのに対して、人間の内面や精神を追求しました。

カンディンスキーの生涯とは?

バウハウス校舎

カンディンスキーは前衛芸術家の第一人者

カンディンスキーはモスクワに生まれ、モスクワ大学で法律と政治経済を学びました。芸術を愛好していた学生時代に、美術展でモネの『積み藁(つみわら)』を見て色彩の表現力に感動します。それをきっかけとして大学教授への道を捨て、絵画の道に進むことを決意します。

同年には象徴主義とユーゲントシュティール(ドイツ語圏のアールヌーボー)の中心地だったドイツのミュンヘンに移り住みます。美術学校やドイツ表現主義の画家フランツ・フォン・シュトゥックのもとで絵画を学び、次第に前衛芸術家の第一人者となってゆきました。

カンディンスキーが影響を受けたのはシェーンベルク

1910年からカンディンスキーは抽象画を構想し始めます。さまざまな影響を受けてのことでしたが、シェーンベルクの現代音楽との出会いも重要な出来事でした。シェーンベルクは伝統とは異なる音楽理論から無調音楽を構築した前衛的な作曲家です。

カンディンスキーは、1911年には音楽と色彩の融合をはかった『印象3(コンサート)』を制作しています。

カンディンスキーは表現主義の芸術家サークル「青騎士」を主催

1912年に、カンディンスキーは画家のフランツ・マルクとともに、ドイツ表現主義の芸術誌「青騎士(あおきし)(独語:der Blaue Reiter)」を創刊し、メンバーとともに活動しました。

活動期間は第一次世界大戦が始まるまでの3年間でしたが、カンディンスキーの芸術理論にのっとった前衛的な表現は、現代美術の先駆けとして後世に大きな影響を与えました。

なお、表現主義とは、19世紀末のヨーロッパ各地に興った、伝統的な芸術を乗り越えようとする運動のひとつです。客観性を排し、芸術家の内面の表現に主眼をおく反具象的な傾向が特徴です。

カンディンスキーは、青騎士の時代を経て、本格的な抽象画へと変化してゆきました。

カンディンスキーは晩年、パリで活動

カンディンスキーはベルリンに滞在していたとき、バウハウス校長のグロピウスに招へいされ、1922年から同校のマイスター(教授)に就任しました。同僚には友人のクレーがいました。

カンディンスキーはバウハウスがナチスによって閉鎖される1933年まで、教授をつとめながら同校を制作活動の拠点としました。この時期に多岐にわたる絵画の研究を行い、多くの作品を生み出しました。

バウハウス閉鎖後はパリに移住し、制作に明け暮れる晩年の10年間を過ごします。パリ時代には、バウハウス時代の幾何学的な形態に有機的な形態が登場し、創作活動の総仕上げを行いました。

カンディンスキーの著書を紹介

カンディンスキーは、絵画とともに抽象絵画理論を創始したことも功績のひとつです。ここで紹介する2冊は、のちの造形芸術全般に大きな影響を与えた名著とされています。

『芸術における精神的なもの』(1911年)

カンディンスキーは「青騎士」を結成した年に、最初の抽象絵画論『芸術における精神的なもの』を刊行します。執筆当時、カンディンスキーはシュタイナーの神智学に興味を寄せており、本書の中にその影響が見られます。

シュタイナーは物質主義の文明の在り方を批判し、五感を超えた高次の認識能力の重要性を唱えた神秘思想家です。

『点・線から面へ』(1926年)刊行

バウハウス時代に、『芸術における精神的なもの』から続く絵画研究をまとめた『点・線から面へ』を刊行しました。『芸術における精神的なもの』は色彩論に重点が置かれましたが、本書では形態論に重きを置いています。

絵画の構成要素である点や線が持つ本源的な力を把握し、面の上に置かれたときにそれらが共鳴しあい、生きた作品となると論じました。

カンディンスキーの絵画作品を紹介

『即興 渓谷』(1914年)

(出典:Wikimedia Commons User:Edgar Allan Poe)

『即興 渓谷』は、具象から抽象に変化する時代に描かれた作品です。色彩や形態は自由になり、宇宙のシンフォニーのような新しい表現が生まれました。

「コンポジション」シリーズ(1910年~1939年)

カンディンスキーの主要なテーマのひとつで代表作となるのが「コンポジション」シリーズです。1910年から制作が開始され、1939年までの間に10作品を制作しました。

このシリーズは抽象画を始める前の時代から、バウハウスを経て晩年のパリ時代まで、あらゆる創作活動の基礎として描かれたものです。その中でも『コンポジション7』(1913年)はミュンヘン時代の集大成とされ、カンディンスキーの最も有名な代表作品です。

まとめ

カンディンスキーは抽象絵画を創始したロシア出身の画家です。モスクワ大学で法律を学びますが、画家に転身し、前衛芸術の第一人者となりました。カンディンスキーは画家であると同時に美術理論家であり、理論と制作が密接に関わり合う中で、抽象画を発展させました。

カンディンスキーの作品や理論構築は、バウハウスの影響も大きく受けています。1920年代は、バウハウスなどを中心とした幾何学的構成主義の時代でした。

■参考記事
「抽象画」の意味とは?有名画家や代表作品と芸術運動も解説

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