「政教分離」の意味とは?日本の問題やフランス・アメリカの例も

「政教分離」は、政治と宗教を分離するという考え方で、憲法原則として重んじられているものです。国家権力と宗教を切り分けることで、信教の自由を制度的に保障しています。この記事では、「政教分離」の意味とメリットデメリットだけでなく、日本での問題点や海外の事例などもわかりやすく紹介しています。

「政教分離」の意味とは?

「政教分離」とは政治と宗教を分離するという考え方

「政教分離(せいきょうぶんり)」とは、国家と宗教を分離させるという考え方で、「祭政分離(さいせいぶんり)」ともいわれているものです。

中世から近世のヨーロッパでは教会と政治権力とが密接に結びついており(政教一致)、信教の自由は認められていませんでした。そのため公式の宗教以外が異端として迫害され、宗教戦争が繰り返されていたのです。

その後、17、18世紀ごろから宗教的寛容と政治権力の宗教的中立が民主主義的原則として確認されるようになり、長い時間を経て近代の憲法に「政教分離原則」が採用されるようになりました。

日本の「政教分離」は戦後から

日本においても、かつては天皇をトップに頂いた「祭政一致」の時代がありました。明治維新後は神道を事実上の国教とした国家神道という「政教一致」の体制により、富国強兵を推し進めたのです。

その後、日本は日清・日露戦争に勝利して世界五大国の一員となりましたが、第二次世界大戦の敗戦によって憲法が変更され、憲法第20条で信教の自由、第89条で政教分離の原則が定められました。

「政教分離」がなぜ採用されるのか?

「政教分離」には「信教の自由」のメリットがある

なぜ「政教分離原則」が重視されるかというと、宗教を認めないのではなくむしろ信仰の自由のためです。

政治権力と宗教が分離されることで、特定の宗教による他の宗教への弾圧や迫害を防ぐことができます。つまり「政教分離」によって、人々は自由に宗教を選び、信仰することができるようになったのです。

「政教分離」のデメリットは信仰行為の過度な制限

「政教分離」のデメリットは、かえって信仰行為に対する行き過ぎた制限がされかねないことです。たとえば公の教育現場に宗教を持ち込むことを制限するあまり、スカーフを被っての登校を認めないなど、校内での信仰行為が禁止されるような事例が起きています。

このように、本来信教の自由を目的とする「政教分離」の考えによって、信仰の自由が制限されてしまうこともあるのです。

日本における「政教分離」の問題点とは?

日本で問題となるのは首相の靖国神社参拝

現在の日本で「政教分離」が問題となっているは、首相の靖国神社への公式参拝です。靖国神社は、戊辰戦争や明治維新での戦没者を慰霊・顕彰するために作られた神社で、その後国家のために殉じた軍人、軍属などの霊を祀るようになりました。

ここで問題視されるのが戦犯合祀、とくに東京裁判でA級戦犯の合祀で、諸外国からすれば戦犯を祀った神社に首相が公式参拝することはけしからんということになります。

しかし、そもそも連合国による戦争犯罪裁判での「平和に対する罪」は事後法で、裁判そのものが公正なものとはいえないのではという意見もあるのです。

日本の「政教分離」はあてがわれたもの

西洋での「政教分離」は、数百年にわたる時間を掛けて徐々に形成されたものです。しかし日本においてはGHQによる「神道指令」(1945年12月15日)で、一夜にして神道は国家から分離されました。加えて明治以降も仏教が完全に弾圧されたわけではなく、葬式や法事などは仏式でおこなわれていたのです。

つまり日本では、西洋のような血で血を洗う宗教の対立構造はありませんでした。そのため日本人にとっての「政教分離」は人々が強く求めたものではなく、GHQによってあてがわれたといえるものなのです。

海外での「政教分離」は?

フランスでの「政教分離」は厳格なもの

「ライシテ」と呼ばれるフランスでの「政教分離の原則」は、フランス革命の理念として知られる「自由・平等・博愛」の実現のために確立されたものです。

「ライシテ」では国家による一切の宗教的活動を禁止するなど、他国の「政教分離」より厳格なものとなっています。その一方で、近年増加しているイスラム系移民に対しては「ライシテ」を名目とした抑圧が行われている事例もあるようです。

アメリカは世界で初めて「政教分離」を制度化した国

アメリカでは建国の歴史そのものが、信教の自由を勝ち取るための戦いでした。1776年にイギリスから独立したアメリカ合衆国は、1791年の「権利章典」で議会が国教を創設することや、信教の自由を禁止するような法律を制定しないことを定めたのです。

これによりアメリカは、「政教分離の原則」を世界で初めて制度として定めた国となりました。

イギリスでの「政教分離」は緩やか

イギリスにおける「政教分離」は、国家が宗教を平等に扱うという緩やかなものです。イギリスでは1688年の「名誉革命」後、国王を首長とする「イングランド国教会」が国教として確立されました。以降、国王の戴冠式は現在もイングランド国教会で行われ、国家と国教が結びついています。

また、公立の学校ではキリスト教の礼拝を行うよう定められているなど、イギリスは国家と宗教が融合している状態の国です。

まとめ

「政教分離」の意味のほか、日本の問題やフランス・アメリカの例も紹介しました。「政教分離」は、国家と宗教を分離することで信教の自由を保障するということでした。しかし教育から宗教を排除したり、政治的圧力に利用されたりする事例がみられるようになっています。

自由のための「政教分離」がかえって自由を阻害するようなことのないよう、本来の目的に立ち返る時期が来ているようです。