「アフロディテ」とはどんな女神?ギリシャ神話や絵画も紹介

ギリシャ神話の女神「アフロディテ」はローマ美術のテーマとしても人気です。この記事では、アフロディテとはどのような女神なのかを神話の物語とともに解説します。あわせてアフロディテに関する文学や絵画も紹介しています。

「アフロディテ」はどんな女神?

アフロディテはギリシャ神話における「愛と美の女神」

アフロディテとは、ギリシャ神話に登場する有名な「愛と美の女神」です。ギリシャ神話では、世界のはじまりの物語において、まずカオス(混沌)が出現し、次に大地の女神ガイアが生じます。

大地の女神ガイアは、世界を作るために自ら男神ウラノスを生みます。ガイアの夫となったウラヌスは、なぜか自分の子どもたちを嫌い、子どもが生まれるとガイアの胎内に閉じ込めてしまいます。

怒ったガイアは末っ子のクロノスにウラヌスの性器を鎌で切り取るように命じます。海に落ちたウラヌスの性器から泡が立ち、その中から愛と美の女神アフロディテが生まれました。

アフロディテは「オリュンポス十二神」の一柱

ウラヌスが力を失うと、クロノスが代わって王となり、姉妹のレイアを妻としてゼウスなど、次の世代の神々を生み出します。ゼウスたちの若い世代の神々がオリュンポス山の山頂に住まうと伝えられる「オリュンポス十二神」です。

アフロディテも十二神のうちの一柱です。ヘーシオドスの『神統記』によれば、主神ゼウスがアフロディテを養女にしたとしています。泡から生まれたアフロディテは、西風に運ばれてキュプロス島にたどり着き、季節の女神ホーラたちによってオリュンポス山に連れていかれ、ゼウスが美しさを称賛したといいます。

アフロディテは「パリスの審判」で最高の美神に選ばれる

アフロディテは、ギリシャ神話のエピソード「パリスによる三美神の審判」において最高の美神に選ばれます。三人の女神がパリスの前に並んで美を競うという「パリスの審判」は、多くの画家たちが主題に取り上げ絵画を制作しました。

「ヴィーナス(Venus)」はアフロディテの英語名

ギリシャの女神アフロディテは、ローマ神話に引き継がれる際にローマの女神ウェヌスと合体したことから、ローマではウェヌス(古典ラテン語でVenus)と呼ばれました。英語ではウェヌスをヴィーナスと読みます。アフロディテには別名としてウェヌスとヴィーナスがあるといえます。ルーヴル美術館にある有名な古代ギリシャの彫刻「ミロのヴィーナス」は、アフロディテの像です。

また、英語で金星を「ヴィーナス(Venus)」と呼びますが、金星の美しさを美の女神アフロディテに重ね合わせて命名されたものです。

ヨーロッパ芸術における「アフロディテ」の歴史とは?

ボッティチェリ 『ヴィーナスの誕生』(1485年頃)
(出典:Wikimedia Commons User:Dcoetzee)

古代ローマではギリシャの神話を引き継いで芸術が発展

西洋芸術の美の起源は古代ギリシャの芸術です。古代ギリシャでは、神話の神々の物語が彫刻や壁画、壺などに描かれました。

ギリシャ神話には多くの神が登場しますが、紀元前2世紀には、ローマがギリシャを支配下に置き、ギリシャの神々を引き継ぎました。その際に神々はローマの神と合体するなどして名前がローマ名に変わりました。ローマにおけるアフロディテは「ウェヌス」と呼ばれるようになりました。

古代ローマでは、ギリシャの神々を主題としたラテン文学や絵画、彫刻などの文化芸術が発展しました。

「ルネサンス」の時代に古代の神々が復権

西暦313年にキリスト教がローマ帝国で公認されると、キリスト教ではない古代ギリシャやローマの神々は異教とされ、芸術文化はキリスト教にとってかわられます。千年あまりの時を経て、15世紀にイタリア・フィレンツェを中心にルネサンスが開花すると、古代文化が再発見され、ギリシャ・ローマの神々は復活します。

「新プラトン主義」の流行により”アフロディテ”の絵画が人気に

ルネサンス以降の西洋美術では、ギリシャ・ローマ美術が美の規範となるとともに、古代の神々を主題とする神話画が好んで描かれるようになります。また古代の文学や哲学が知識人の間で必須の教養となり、プラトン哲学がブームとなります。

ルネサンス芸術のパトロンであったコジモ・デ・メディチのもとに知的サークル「プラトン・アカデミー」が生まれ、愛や美を巡る知的な討論が活発に行われました。美を追求する人は愛を知る人であるとの思想から、愛と美の女神アフロディテ(ウェヌス/ヴィーナス)が芸術のテーマとして流行となりました。

ボッティチェリの『春』や、『ヴィーナスの誕生』は、これらの思想風土の中に生まれた作品で、神話画が復活を果たす契機となる傑作となりました。

■参考記事
「ボッティチェリ」とは?『プリマヴェーラ』など代表作品も解説

「アフロディテ」に関する文学と絵画を紹介

負傷して手当てを受けるアイネーアースと彼らを見守るアフロディテ(ローマの壁画)
(出典:Wikimedia Commons User:Bejnar)

アフロディテの息子が主人公の物語『アエネーイス』

ローマ帝国の最初の皇帝であるアウグストゥスは、詩人ウェルギリウスにローマ建国の神話を作るように命じました。ウェルギリウスは、古代ギリシャのウェヌス(アフロディテ)の息子でトロイアの王子であるアエネーアースが、地中海を渡って新天地イタリアに到達し、敵との戦いに勝利してローマ建国の祖となったという物語『アエネーイス』を書きました。

アウグストゥスが属したユリウス氏族は、アエネーアースが祖先だと主張しており、アエネーアース伝承を確固たる神話とすることで、ローマ帝国皇帝アウグストゥスの血筋を神秘化し、皇帝の地位を強固なものにすることに成功しました。

アフロディテを祖先とするユリウス家からは、ユリウス・カエサルとその甥であるアウグストゥスが出たことになり、アフロディテはギリシャのみならずローマでも崇拝されたのです。

■参考記事
皇帝「アウグストゥス」とは?カエサルとの違いや名言も解説

ルーベンスの描いた絵画『パリスの審判』

バロック期の画家ルーベンスは、生涯に渡って数点の『パリスの審判』を描いています。この作品は晩年の1638年~39年頃に描かれたものです。三人の女性の真ん中にいるのがヴィーナスで、羊飼いのパリスが黄金の林檎を最も美しいと思う女神に与えようとしています。

ルノワールやミュシャなど多くの画家が『パリスの審判』を描きましたが、どれもほぼ同じような構図で描かれています。

まとめ

「アフロディテ」はギリシャ神話における「愛と美の女神」で、ローマにおいても人気の高い女神でした。ローマ建国の祖はアフロディテの息子で、その血筋を引くのが古代ローマの英雄ユリウス・カエサルと初代皇帝アウグストゥスです。

「アフロディテ」の英語名は「ヴィーナス」です。ボッティチェッリの絵画『ヴィーナスの誕生』や、ギリシャ彫刻の『ミロのヴィーナス』などの作品がよく知られています。