「アールヌーボー」とは?アールデコとの違いや建築なども紹介

有機的な曲線デザインが特徴の「アール・ヌーボー」様式は、エミール・ガレのガラス工芸などが日本でも人気です。アール・ヌーボーには、どのような意味や歴史があるのでしょうか?

この記事ではアール・ヌーボーの意味や歴史、代表的な建築家や画家などを紹介します。あわせて、「アール・デコ」との違いも紹介しますので、美術鑑賞の知識としてお役立てください。



「アール・ヌーボー」の意味とは?

「アール・ヌーボー」とは19世紀末の「新しい芸術」運動

「アール・ヌーボー」(「アール・ヌーヴォー」とも書く)とは、「新しい芸術」という意味のフランス語「Art nouveau」です。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパに興った国際的な美術運動のことをいいます。

アール・ヌーボーは、新古典主義からの脱却を目指し、西洋の伝統にとらわれず、日本やアラビア、ケルトなどに由来する装飾様式や文様を取り入れ、19世紀の自由で新しい様式を打ち立てようとしました。フランスから始まったアール・ヌーボーの潮流はヨーロッパの都市に広がり、ドイツ語圏では「ユーゲント・シュティール」として広まりました。

アール・ヌーボーはさまざまな分野で展開され、工芸品、建築、絵画、ポスターなどのグラフィックデザイン、ジュエリー、家具、室内装飾、ステンドグラスなど多方面に及びました。

イギリスの「アーツ・アンド・クラフツ」運動が先駆けとなった

アール・ヌーボーの理論に影響を与えたのが、19世紀後半のヴィクトリア朝のイギリスに起こったアーツ・アンド・クラフツ運動です。産業革命による工業化を批判し、職人の技や中世の芸術を通じて生活の美化を推進する運動を、ウィリアム・モリスが中心となって進めました。

民衆の生活に溶け込む「用と美」を標ぼうしたアーツ・アンド・クラフツ運動の思想が、アール・ヌーボーに結実しました。

■参考記事
「アーツアンドクラフツ運動」とは何か?歴史やモリス商会も解説

1900年「パリ万国博覧会」が「アール・ヌーボー」流行の頂点

「アール・ヌーボー」の名前は、日本美術収集家の美術商サミュエル・ビングの画廊の名前が由来です。1900年に開催されたパリ万国博覧会において、美術商のサミュエル・ビングが出店したパビリオンに「アール・ヌーボー」の名前がつけられ、一躍注目を集めました。

アール・ヌーボーはこの時代を象徴する装飾美術様式として認知され、1900年のパリ万博は「アール・ヌーボー展」とも呼ばれ、流行の頂点となりました。

第一次大戦後の流行は「アール・デコ」へ移行した

第一次大戦後には、アール・ヌーボー様式は衰退し、流行は「アール・デコ」へ移行します。アール・ヌーボーの衰退の原因は、大戦による社会の変化でした。装飾が過剰でお金がかかるアール・ヌーボーは世紀末の退廃芸術だとみなされ、人々は新しい時代にふさわしい芸術を求めたのでした。

1920年代は大量生産が盛んになったこともあり、合理的で機能的なデザインのアール・デコは時代に沿ったものでした。

「アール・ヌーボー」は1960年代に再評価された

アール・ヌーボーは一度は衰退しましたが、1960年代のアメリカにおいてアール・ヌーボー様式の建築が再発見され、そのデザイン性の再評価がなされました。

流行が去ったあとには酷評され、闇に葬られたかに見えたアール・ヌーボーでしたが、ヨーロッパ各国に眠っていたアール・ヌーボー建築が次々に発見されました。現在は新古典主義とモダニズムをつなぐ架け橋として高く評価されています。

「アール・ヌーボー」と「アール・デコ」の違いとは?

「アール・ヌーボー」の特徴は「自然のモチーフと自由な曲線」

「アール・ヌーボー」のモチーフは、花や昆虫など有機的な自然に求められ、それらを自由な曲線と組み合わせた装飾的なデザインが特徴です。また、当時の新しい素材だった鉄が多く使われたり、ガラスや鉄、宝石といった異素材を組み合わせたりすることも特徴です。

また、アール・ヌーボーの時代は、フランスは日本の影響を強く受け、ジャポニスムが流行しました。ガラス工芸のエミール・ガレやジュエリー作家(のちにガラス工芸に転向)のルネ・ラリックの作品には、日本の影響が顕著にみられます。

「アール・ヌーボー」の有機的・曲線的に対して「アール・デコ」は機械的・直線的

アール・ヌーボーの特徴である有機的なモチーフと自由な曲線に対して、アール・デコは機械的な直線を用いることが特徴です。アール・デコにも曲線の表現はありますが、正円や幾何学的な模様で表され、自由なアール・ヌーボーの曲線とは異なります。

また、アール・ヌーボーは豪華で装飾的なデザインですが、アール・デコは合理性や機能性にも配慮したシンプルなデザインが特徴です。

■参考記事
「アールデコ」とは何か?「アールヌーボー」との違いや建築も

「アール・ヌーボー」の代表的な作家と作品とは?

アール・ヌーボーの代表的な作家として、建築家のエクトール・ギマール、ガラス工芸家のエミール・ガレ、ルネ・ラリック、画家のアルフォンス・ミュシャなどがいます。

建築家「エクトール・ギマール」の「パリ地下鉄の出入り口」

アール・ヌーボーを代表する建築家にエクトール・ギマール(1867年~1942年)がいます。1900年のパリ万国博覧会の開催にあわせて開通した、パリの地下鉄の出入り口のデザインをギマールが設計・デザインし、アール・ヌーボーを代表する建築となりました。ガラスや鉄を用いた有機的なデザインは、その斬新さにおいても人々を驚かせました。

画家「アルフォンス・ミュシャ」のポスター

アール・ヌーボーを代表する画家としては「アルフォンス・ミュシャ」が有名です。ポスターや装飾パネルなどを数多く制作しました。女性の姿を星や花などとともに寓話的に表現し、流麗な曲線を多用した装飾的なデザインが特徴です。『ジスモンダ』『黄道十二宮』『四季』などが代表作です。

■参考記事
「ミュシャ」の生涯とは?代表的なリトグラフのポスターも紹介

工芸家「エミール・ガレ」のガラス工芸品

アール・ヌーボーを代表する工芸家は「エミール・ガレ」(1846年~1904年)が挙げられます。多くのガラス工芸品や陶器、家具をデザイン、制作し、アール・ヌーボーの巨匠と呼ばれます。

モチーフには花やきのこなどの植物や、トンボや蝶などの昆虫を用い、特に繊細で洗練されたガラス工芸の花瓶やランプは日本でも人気があります。日本美術からの影響も大きく受けました。

ガレとともに活躍したルネ・ラリックは、アール・ヌーボー様式のジュエリーを制作し、のちにアール・デコ様式のガラス工芸作家に転身しました。

■参考記事
「エミール・ガレ」の生涯と作品の特徴とは?日本の美術館も紹介
「ルネ・ラリック」の生涯と作品の特徴とは?日本の美術館も紹介

まとめ

「新しい芸術」という意味の「アール・ヌーボー」は、19世紀末から20世紀初頭の一時期に、ヨーロッパに興った国際的な美術運動です。ツタのからまるような有機的なアール・ヌーボー様式のデザインは、ヨーロッパの旧市街の装飾などに今も見つけることができます。

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趣味は読書とヨーロッパ旅行です。ドイツには5年余り滞在経験があります。某大学の人間科学部とデザイン学部を卒業。人生が豊かになる知識の探索を人生の糧にしています。