日本の「仏教」とは?「13宗派」の違いと歴史や特徴も解説

古代インドに興り、中国・朝鮮を経て日本に伝わった仏教は、日本独自の思想が加わりながら多くの宗派が生まれ、インドとも中国とも異なる独自の仏教となりました。

ここでは「日本の仏教」が生まれた歴史を解説し、伝統のある「13の宗派」について、その特徴や違いを解説します。



「日本の仏教」とは?ー原始仏教が日本に伝わるまで

まずはじめに、「日本の仏教」が生まれた歴史を、1.「原始仏教が日本に伝わるまで」、2.「聖徳太子から平安時代まで」、3.「鎌倉新仏教の時代」の3つの時代に分けて説明します。

「原始仏教」は古代インドに興った

仏教の開祖は紀元前5世紀前後にガンジス川流域で活動したゴータマ・シッダールタ(釈迦・仏陀)です。初期の仏教は「原始仏教」と呼ばれ、「苦」ととらえた世界からの解脱を目指し、教団を組織して修行を行いました。

釈迦の死後は、教団はいくつもの部派に分かれて発展し、これを部派仏教または上座部仏教といいます。部派仏教は、現在はスリランカや東南アジアで信仰されています。

■参考記事
「インド哲学」とは?「釈迦」と「原始仏教」も解説!本も紹介

「大乗仏教」が中国・朝鮮を経て日本に伝来した

紀元前後頃になると、従来の部派仏教に異を唱える人達が宗教改革運動を行い、新しく「大乗仏教」が生まれます。原始仏教が出家を前提とした、個人の悟りを追及する仏教であるのに対し、大乗仏教はすべての人が救われるとする菩薩の利他主義をとります。大乗仏教は、広く衆生の救済を説く「空」の思想が特徴です。

また、釈迦仏だけでなく、その他のさまざまな仏や菩薩への信仰は大乗仏教から始まりました。さらに日本で今日まで広く信仰されている大乗経典や般若経典は、大乗仏教の始まりとともに成立してゆきました。

インドの大乗仏教はその後、「龍樹(りゅうじゅ)」『中論』などを基本聖典とする「中観派」や、弥勒 (マイトレーヤ) を祖として般若の空思想を基本とする「唯識派」などの哲学を生み、さらに密教も成立し、日本にも大きな影響を与えてゆきます。

日本の仏教は、このような流れの中で体系化されていった「大乗仏教」が、中国さらに百済(朝鮮)を経て6世紀にもたらされたものです。

■参考記事
「龍樹」の「空」の思想とは?『中論』と『般若心経』も解説

「日本の仏教」とは?ー聖徳太子から平安時代まで

聖徳太子が日本に仏教を根付かせた

日本にもたらされた仏教は聖徳太子(574~622年)の活動によって大きく発展します。寺院の建立の他にも『三経義疏(さんぎょうぎしょ)』を著し、仏教の思想を講じました。

『三経義疏』は『法華経(ほけきょう・ほっけきょう)』(衆生一切が等しく救われることを説く)、『勝鬘経(しょうまんぎょう』(如来蔵思想を説く)『維摩経(ゆいまきょう)』(「空」を説く)の注釈書です。すべてを聖徳太子が書いたかどうかについては異説もあります。

奈良時代の平城京で学問仏教の「南都六宗」が栄えた

奈良時代には学問仏教として「南都六宗(なんとろくしゅう)」と呼ばれる学派が栄え、僧侶はそれぞれの学派を学びました。

これらは宗派というより大学の講座のようなもので、一般の人々の信仰とは別に学問として盛んに学ばれ、日本の仏教のこの後の発展に影響を与えるものでした。

  • 【南都六宗】三論宗(さんろんしゅう)、成実宗(じょうじつしゅう)、法相宗(ほっそうしゅう)、倶舎宗(くしゃしゅう)、華厳宗(けごんしゅう)、律宗(りっしゅう)

平安時代に「最澄」と「空海」がそれぞれの思想を展開した

奈良時代の南都六宗は学問宗教でしたが、平安時代に唐に渡った最澄と空海が持ちかえった仏教が民衆に流布される日本の仏教の礎となります。最澄は「円(天台の教理)・戒(戒律)・禅(禅の行法)・密(密教の教え)」を統合した、「四宗合一(ししゅうごういつ)」を基本とする天台宗を開き、空海は本場の密教を伝える真言宗を開きました。

「日本の仏教」とは?ー鎌倉新仏教の時代

平安末期から鎌倉時代にかけて現在の主な宗派が成立した

平安時代の末期には、釈迦が入滅して二千年後に世の終わりが近づくという「末法思想」の流行と、飢饉や疫病が多発したことで人々の間に不安と絶望が蔓延します。そのような社会背景の中、「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで誰もが極楽浄土に行けるという「浄土信仰」が盛んになります。浄土信仰を説いたのは、法然とその弟子の親鸞です。

また、日蓮は天台宗から分かれ、『法華経』を絶対視し、「南無妙法蓮華経」を唱える日蓮宗をひらきます。

これらの念仏宗教に異を唱え、座禅による修行によって悟りを開くことを説く「禅宗」が中国へ渡って学んだ栄西道元によって開かれます。

日本の仏教を代表する【13宗派】を紹介

以上のような流れの中で生まれた伝統的な仏教の13宗派の特徴を、系譜の分類ごとにわけて紹介します。

奈良仏教系/南都六宗系の3派

【法相宗(ほっそうしゅう)】
玄奘(げんじょう)がインドの唯識派の思想を翻訳紹介し、弟子の基(き)によって確立されたのが法相の教学です。日本では、七世紀半ばに玄奘に師事した道昭が法興寺で広め、南都六宗の一つとして8~9世紀に興隆しました。

【華厳宗(けごんしゅう)】
日本における開祖は、金鐘寺(後の東大寺)の招きを受けた中国の審祥で、その思想が反映された東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)が建立されました。華厳宗は本尊を歴史上の仏陀を超えた絶対的な仏の毘盧遮那仏とし、『華厳経』を究極の経典として、独自の教学体系を樹立した宗派です。その独特で難解な思想のため、勢いは徐々に衰えてゆきました。

【律宗(りっしゅう)】
律宗は、戒律の実践を行う中国の仏教の一派で、753年に唐から来日した鑑真が東大寺に戒壇を開きました。後に唐招提寺を総本山として、今日まで戒律の研究が続いています。

平安仏教系/密教系の2派

【天台宗(てんだいしゅう)】
天台宗の開祖は「最澄」です。本尊は「釈迦牟尼仏」で、重要な経典は『法華経』です。天台宗は現代の日本仏教の原点となっています。

■参考記事
「最澄」とは?「空海」との違いを比較!天台宗や思想も説明

【真言宗(しんごんしゅう)】
真言宗の開祖は「空海」です。本尊は「大日如来」で、重要な経典は『大日経』『金剛頂経』です。空海は密教の第一人者として平安時代に活躍しました。

■参考記事
「密教」とは何か?その教えや顕教との違いもわかりやすく解説!

浄土系の4派

【浄土宗(じょうどしゅう)】
浄土宗の開祖は「法然」です。本尊は「阿弥陀如来」で、重要な経典は『浄土三部経』です。法然は「南無阿弥陀仏」と唱える「専修念仏」を説きました。

■参考記事
「法然」の思想とは?その生涯や弟子の親鸞との違いも解説

【浄土真宗(じょうどしんしゅう)】
浄土真宗の開祖は法然の弟子の「親鸞(しんらん)」です。本尊は「阿弥陀如来」で、重要な経典は『浄土三部経』です。法然は阿弥陀如来への「絶対他力」の信仰を説きました。後に「蓮如」が本願寺を興隆させ、親鸞の教えを広めました。

■参考記事
「親鸞」の思想や教えとは?その生涯や名言も解説
「蓮如」とは?「白骨の御文」や親鸞との関係も解説!言葉も紹介

【融通念仏宗(ゆうずうねんぶつしゅう)】
融通念仏宗の開祖は「良忍(りょうにん)」です。良忍は天台宗の僧侶で、平安時代末期に「1人の念仏が万人の念仏に通じる」という融通念仏を創始し、結縁した人々の名を記入する名帳を携えて各地で布教を行いました。

【時宗(じしゅう)】
時宗の開祖は一遍(いっぺん)です。時宗では、和歌や和讃によるわかりやすい教えとともに、阿弥陀仏を信じなくとも念仏さえ唱えれば往生できると説き、仏教を庶民に広げました。

■参考記事
「一遍」と「時宗」とは?「踊念仏」の意味と名言や特徴も紹介

法華系の1派

【日蓮宗(にちれんしゅう)】
日蓮宗の開祖は「日蓮」です。重要な経典は『法華経』で、「南無妙法蓮華経」を唱える法華信仰を広めました。日蓮は天台宗から分派して日蓮宗を興しました。

■参考記事
「日蓮」の教えと「法華経」とは何か?日蓮の生涯や日蓮宗も解説

禅宗系の3派

禅宗の教義は「不立文字(ふりゅうもんじ)」で表わされます。「不立文字」とは、文字や言葉による伝達よりも、体験によって伝える教義こそが真実であるという意味です。そのため、禅宗は基本的に中心経典を立てません。

【曹洞宗(そうとうしゅう)】
曹洞宗の開祖は「道元」で、ひたすら座り続ける修行である「只管打坐」と、座禅を行うことが則ち悟りであるとする「修証一如」を説きました。

■参考記事
「道元」の思想とは?著書「正法眼蔵」や名言と言葉も紹介

【臨済宗(りんざいしゅう)】
臨済宗の開祖は「栄西」です。栄西は公案を用いた座禅の修行である「看話禅」(公案禅)を日本に取り入れました。

■参考記事
「栄西」と茶の関係は?禅宗や臨済宗と著書「喫茶養生記」も解説

【黄檗宗(おうばくしゅう)】
黄檗宗の開祖は隠元(いんげん)です。日本の三禅宗のうちでもっとも遅く江戸時代に始まった宗派です。隠元は明から来日した臨済宗派の僧侶で、当初は臨済禅宗黄檗派と名乗っていましたが、明治に入ってから黄檗宗として独立しました。教義や修行方法などは、日本臨済宗と同じとされています。

まとめ

「仏教」は大きく2つに分かれます。古代インドの釈迦を始祖として生まれた「釈迦の仏教(原始仏教)」と、そこから派生して発展した「大乗仏教」です。

日本に伝わった仏教は大乗仏教であるため、釈迦が本来説いた仏教とは異なる仏教です。さらに日本に伝わったあともさまざまな宗派が生まれ、またそれぞれが独自に発展したため、「仏教」とひとことで括るのは難しいかもしれません。

日本の仏教の歴史は、そこで生まれていった宗派の歴史とともにあります。日本の仏教を探るとき、それは日本人の思想や世界観の「核」のようなものを探ることになるともいえるでしょう。