「福音書」とは何か?マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの違いも解説

西欧の文化や芸術を理解するにはキリスト教の理解が欠かせません。絵画などの主題は、イエス・キリストの生涯を記録した『新約聖書』の「福音書」からとられています。

この記事では、福音書とは何かについて解説します。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書について、収録された順番の根拠や、内容の違いも比較します。さらに福音書の作者の象徴図像や、外典『ユダの福音書』などについても紹介しています。

「福音書」とは何か?

『ダロウの書』「マルコによる福音書」の冒頭ページ
(出典:Wikimedia Commons User:GJo)

「福音書」とは『新約聖書』に収められた四つの正典福音書の総称

一般的に「福音書」とは、キリスト教の聖典『新約聖書』の巻頭に収められた『マタイによる福音書』『マルコによる福音書』『ルカによる福音書』『ヨハネによる福音書』の四つの福音書のことを指します。

「福音書」はイエスの生涯と教えを伝える書物

福音書には、イエス・キリストの誕生から処刑までの生涯と言行、そして復活に至る伝記が記されています。

「福音」とは、ラテン語の「evangelium」、ギリシャ語の「euangelion」の訳語で、「喜ばしい報」を意味します。キリスト教徒にとって、イエスの復活が記された福音書は、「良い知らせの書」という意味を持ちました。

なお、正典として認められず、聖書に収められていない福音書も多くあります。それらは「外典(外典福音書)」と呼ばれ、『ヤコブ原福音書』『マグダラのマリアによる福音書』などをはじめとして、古くは100ほどもあったとされます。

四つの福音書が正典として採用されたのは、名前が冠された使徒の権威や教会の力関係によるものとされています。

「福音書」は1世紀~2世紀に編さんされ、4世紀に正典と認められた

マルコ福音書は紀元70年頃に成立した最古の福音書とされ、マタイ福音書は紀元80年頃、ルカ福音書は紀元90年頃、ヨハネ福音書は紀元100年頃の成立とされ、4世紀に正典と認められました。

「福音書」は英語で「Gospel」

「福音書」は英語で「Gospel」または「Gospel book」と書きます。アメリカのキリスト教音楽である「ゴスペルソング」は、「福音の音楽」という意味です。奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられたアフリカ人たちが、キリスト教の福音に救いを求め、独自の讃美歌を捧げるようになったことがその音楽の始まりです。

外典福音書『トマスによる福音書』『ユダの福音書』が近代に発見された

聖書に収録されない外典福音書として注目されているのが近代に発見された『トマスによる福音書』『ユダの福音書』です。

『トマス福音書』は、1945年にエジプトで発見された『ナグ・ハマディ写本』群から見つかりました。使徒トマスによって書き写されたと記された、イエスの語録集です。『トマスによる福音書』に書かれたイエスの語録は、正典の福音書が執筆されたときに参照された元本だったのではないかとも推測されています。

『ユダの福音書』は、ユダのイエスへの裏切りは、実はイエスの指示だったという内容の、異端の書として存在を示唆されていたものでした。1970年代にエジプトで発見されたパピルス書が解析されると、それが『ユダの福音書』の写本断片であることが判明し、現代語訳が刊行され、話題となりました。

『ナグ・ハマディ写本』群や『ユダの福音書』は、初期キリスト教の源流を知るために注目されている文献です。

「四福音書」の順番やそれぞれの違いとは?比較して解説

四つの福音書の内容に違いはあるのでしょうか?比較しながら解説します。

『マタイ福音書』が最初に収録されるのは「イエスの系図」を冒頭に置くため

福音書を成立した順番に並べると、「マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネ」の順序になりますが、一般的な聖書では、「マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ」の順に収録されています。

『マタイ福音書』が一番先に収録されるのは、イエスの系図の説明がその冒頭に記されているからだとされます。『新約聖書』は『旧約聖書』の続きの書であるため、『旧約聖書』に書かれた神の救いの成就、すなわち救世主(キリスト)はダビデの子孫であるということを示す必要があったのです。

『マタイ福音書』と『マルコ福音書』を比較

『マタイ福音書』は次のように始まります。

アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図ー

アブラハムの子はイサク、イサクの子はヤコブ、ヤコブの子はユダとその兄弟たち、(大幅に中略)エレアザルの子はマタン、マタンの子はヤコブ、ヤコブの子はマリアの夫ヨセフで、このマリアから救世主(キリスト)と呼ばれるイエスがお生まれになった。

すなわち、アブラハムからダビデまで合計十四代、ダビデからバビロン追放まで十四代、バビロン追放から救世主まで十四代である。

『マルコ福音書』は、「イエス・キリストの福音はこうして始まった」の簡潔な言葉から始まり、イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネがイエスを称賛する文に続きます。「旧約」の歴史が終わり「イエスの福音」が新しく始まることを宣言しています。

『新約聖書』の最初のページにイエスの系図が延々と続くのはかなり唐突な印象を受け、『マルコ福音書』の格調高い文体から始まる方が自然に思えます。このことは、キリスト教の布教にあたっては、イエス・キリストの血筋の証明が重要であったことを物語っています。

『マタイ福音書』はユダヤ教改宗者のために書かれたものとされ、イエスの祖先からの系図の記述と、人物の紹介に重点が置かれています。

福音書に書かれた有名なイエスのたとえ話は『マルコ福音書』にすべて記されています。受胎告知などは描かれていませんが、イエスの言行を知るためには、『マルコ福音書』が参考になります。

マルコ・マタイ・ルカ福音書は「共観福音書」と呼ばれる

マルコ・マタイ・ルカ福音書は、内容や順序がほぼ同じであり、イエスの言行の表現も似ているため、「共観福音書(きょうかんふくいんしょ)」と呼ばれます。

ヨハネ福音書も、イエスが神の子であることを証明しようとしていることや、伝道や受難、復活、昇天など、イエスのエピソードが同じ順序で書かれていることなどは共観福音書と共通ですが、その視点が大きく異なります。

共観福音書は歴史的事実を扱っているのに対し、ヨハネ福音書は神学的な要素が強いとされます。イエスと父なる神とのかかわりを説明し、神の子であるイエスを証明することに重点が置かれています。ルターは本書を重要視し、プロテスタントに影響を与えました。

「福音書記者」はどんな人物?

象徴の獅子とともに描かれたマルコ

四つの福音書の作者について紹介します。

「福音書記者」が誰であるかは解明されていない

四つの『福音書』を書いた人のことを「福音書記者」または「福音記者」「福音史家」と呼びます。福音書記者はマタイ、ヨハネ、ルカ、マルコで、前の二人は十二使徒で、後の二人はパウロとペトロの弟子だとされています。しかし、それぞれの福音書は、その使徒に由来する伝承を別の人が記したとする研究結果もあり、その歴史的な事実は、現在のところ解明されていません。

「福音書記者」は象徴として表現される

「福音書記者」たちは、伝統的キリスト教美術において、象徴表現がされてきました。西方教会における象徴とその意味は次のとおりです。東方と西方教会では異なる場合があります。

  • マタイ :人(天使)(人間としてのキリストの誕生)
  • マルコ : 獅子(キリストの復活)
  • ルカ :雄牛(十字架における犠牲)
  • ヨハネ :鷲(キリストの昇天)

教会の彫刻や絵画などに、これらのシンボルがちりばめられています。象徴の起源は『新約聖書・ヨハネの黙示録』に記された預言者ヨハネの幻視と、『旧約聖書・エゼキエル書』に記された預言者エゼキエルが幻視した天使的存在の記述によります。なお、預言者ヨハネと福音書記者ヨハネは別人だとされています。

まとめ

「福音書」とは、イエスの復活が記された「良い知らせの書」という意味を持つ、イエスの生涯や言行を記録した書です。一般的に福音書と言うときは、『新約聖書』の冒頭に収蔵された四つの福音書のことを指しますが、外典と呼ばれる、聖書に収録されていない福音書も多く存在します。

「福音書」は、中世までは写本によって書き写されて伝えられてきました。豪華な装飾によって彩られた、最も美しい写本と呼ばれる三大ケルト写本『ダロウの書』『ケルズの書』『リンディスファーンの福音書』は、四つの福音書の写本です。

また、ヨハン・ゼバスティアン・バッハは、福音書に書かれた「イエスの受難」を題材に『マタイ受難曲』『ヨハネ受難曲』を作曲しました。

福音書に書かれたイエスの生涯における数々のエピソードは、西欧の芸術のテーマとしてあらゆる分野に表現されています。その出典について知っておくことで理解を深めることができるでしょう。

『旧約聖書』『新約聖書』と、「福音書」に記されたイエスのエピソードについては、次の記事を参考にしてください。

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